勤務表作り

お久しぶりです。

今日は、ナースのベストセラーとか言われる勤務表のお話(いますよね。何回見ても変わるわけじゃないし、休みが増えるわけでもないのに、仕事に来るたびに、勤務表に見入っている人、毎回、新たな発見があるらしいですよ。)

ナースの皆さん、皆さんの職場ではナースの勤務表はどのように作られているのでしょうか?

私の職場では4人いるANUM(アソシエイトナースユニットマネージャー)が交替で作っています。

ベッド数14床、ナーシングスタッフはフルタイム、パートタイム合わせて20名、簡単そうだけど、担当になるたびにうんざりします。

こちらでは勤務日数の50%までは希望を出していいことになっています。しかし、現実には皆が、全体のことも考えず50%希望を出すと、シニアとジュニアのスタッフが適当にミックスした勤務表を組むことは不可能になります。だから,どうしても受け入れてほしい希望を赤字で記入し、できれば希望というのは黒字で記入ということにしています。それでもどうしても休みがほしい人が同じ日に集中すると勤務が組めません。誰かにはあきらめてもらわなければなりません。

こうした苦労を解決するコンピューター化した勤務表の導入がされるかもしれないという話があります。

これによれば、どの日もバランスよく配置されたスタッフでカバーできるというのですが…

勤務希望は一切受け入れず、どうしても都合が悪くて勤務を交代してほしいときには、交替によりバランスに崩れが生ずるのでその一勤務だけでなく、全部のラインを交代してくれる人を探さなければいけないということになるようです。

すでにこのシステムを導入した病院があるけれども、ナースが嫌って常勤を辞める人が続出とか…(>o<)

うちの病棟は現在でも希望は多いし、途中での勤務交替希望も多いし
いずれも可能な限りは希望に応じるようにしていますが

希望や交替がスムーズに行かない勤務表が導入されれば、こちらのナースは黙って我慢することは絶対ないでしょうから、大変なことになるのは目に見えています。

結局、私が勤務表を作る作業から開放されることがないことはほぼ確実

さあ、どうなるでしょうか?

続報お楽しみに!?

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終わることは、始まること

昨夜、現在の職場に来る前に10年近く働いていたホスピスの仲間と再会した。ホスピスが閉鎖になることになり、過去に働いていた人たちも含めて大勢が集まって、Wake(お通夜)と称して、そのホスピスが長年地域に貢献してきた事、多くの人々の力でここまでこれた事、一緒に働いて、泣いて笑って、たくさんの忘れられない思い出を共有した事、そのホスピスの終わりを悲しむよりは、私たちが輝かせてきたホスピスの命を祝おうと言う事で集まったのだった。

どうして閉鎖になることになったかと言うと、これはビクトリア州政府の緩和ケアサービス改善の政策の一環といえる。私がオーストラリアにやってきて、ホスピスで働くようになった頃には、メルボルンには100床近いホスピスが市の中心部に近いところに二つあるのみだった。

誰でもどこに住んでいても、スムーズに緩和ケアサービスが受けられるようなサービスシステムの改善が必要であった。在宅緩和ケアサービスはビクトリア州内のどこに住んでいてもアクセスできる状況が整ったが、在宅ケアをバックアップする入院緩和ケアサービスへのアクセスは地域による格差が大きかった。

患者さんが住んでいるその地域に適切に緩和ケア入院サービスを配置していく、その政策が進んで、大型ホスピスのベッド数は削減し、郊外に新しい緩和ケア入院設備が整ってきた。

この度又、メルボルン北東部に新しい緩和ケアユニットがオープンし、同時に私の前に勤めていたメルボルンで最も長い歴史を持つホスピスの一キャンパスは閉鎖となった。

もとの同僚たちにとっては職場を失うことはとても大きなストレスだが、それぞれ話を聞くと、皆、新たな仕事先を見つけ、新たなチャレンジに向かって生き生きしていた。別の緩和ケアユニットに移った人、在宅緩和ケアサービスに移った人、急性期病院の緩和ケアコーディネイターのポジションで働く事になった人、高齢者ケア施設で緩和ケアの経験を生かした高齢者ケアのコーディネイターとして働く事になった人、様々だった。

ワインを飲みながら、懐かしい面々と語り合いながら、人の生き死にも、組織の生き死にも似通ったものだなあと言う感慨に打たれた。永遠に変わることなく続くものなど無い。人は老い、病気にもなるし、いずれは死を迎える。組織も、時代の流れに応じて変化し、消滅し、新しいものが生まれる。悲しい思いは自然な思いだけれども、悲しみに打ちひしがれるだけではなく、生きてきた命の輝きを認め、祝う、そして又新しい一歩を踏み出していく...

終わることはそれで最後になるということではなく、新しい何かが始まる事なのだと...

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ビクトリア州で9日間のナースのストライキ

少し遅くなりましたが、ビクトリア州で9日間にわたって戦われたナースのストライキについて報告します。

オーストラリアのナースのユニオン、ANF (Australian Nursing Federation)のビクトリア支部はナースの給与の改善、安全なケアの提供できるような労働条件の改善を求めて10月17日から25日までの9日間にわたってストライキを行いました。

ストライキに至るまでには、6ヶ月にわたって政府と交渉を続けてきましたが、何の誠意ある回答も得られず、この結果となったものです。

ビクトリア州のナースは、オーストラリアの中で最も低い給与で働いています。政府の出した賃上げの利率では、他州に追いつくどころか、ますます差がついていく、ナースの不足している中、他州と同等のレベルの給与になるようにと求めていました。

ビクトリア州は、前の記事ナース対患者の割合で紹介したように、患者の人数に応じての最低限のナースの数を下記のように規定しています。
日勤(0700-1530) 患者4人に1人のナース+師長もしくは代行
午後(1300-2130) 患者5人に1人のナース+師長もしくは代行
夜勤(2100-0730) 患者8人に1人のナース

ところがビクトリア州政府は、この割合を、なし崩しにしようと各病院状況に応じて定員以下で勤務させるようにと指導を入れてきています。

ナースの長い戦いの中でやっと勝ち取ったこの割合、オーストラリアの中でビクトリア州だけがこの基準を持っています。患者にとって安全なケアを提供するためにこの割合は崩せない、救急や周産期部門等、もっとナースの割合を高めるべきだ、又、高齢者ケア、緩和ケア、地方の小病院等のナースの数をもっと増やして欲しいとANFは要求を掲げていました。

ストライキは、

  1. 急性期病院の4ベッドにつき1ベッドを閉鎖する
  2. 手術の4件につき1件を減らす
  3. 在宅ケア、精神化ケア、高齢者施設のケアについて特定の行為を行わない

緩和ケアユニットはこの対象からはずされていたので、私たちは直接参加することはありませんでした。

ビクトリア州政府は(労働党政権なのに)、ストライキを行ったらナースの給与をカット、その上に莫大な罰金も払わなければいけないと脅し、病院によっては、管理者がユニオンのメンバーに嫌がらせをするなどの圧力をかけてきましたが、10月25日、ついに政府はANFの要求をほぼ受け入れ、ストライキは終わりました。賃金カットされて仲間へのカンパの相談もしていたのですが、それも政府のほうからでる事になり、罰金も無く、ほっと一息

賃上げは10月からの予定でしたが、事務手続きに時間がかかっており、来年になる予定、ちゃんと遡って支払ってくれるので心配はしていませんが、やっぱり直接手元に入らないと実感がわきません。

他州との差はすぐに埋まるわけではないでしょうが、多少は追いつき始めることになると思います。現在の給与では、もし私がお隣の州のシドニーに働きに行けば、年間の給与が日本円にして80万円ぐらい違うのですから、今回の賃上げで、別の州に行こうかと思っていたナース、働き口を探している外国からのナースや新卒のナース等を多少はこの州に引き止める効果があるかもしれません。

緩和ケアのナースの増員もまだ現在は従来の基準のままでやっていますが、事務手続き終了後はもう少しゆとりができる配置になれるかと期待しています。

日本からこちらの病院の見学に来られるナースの方たちは例外なくこちらの労働条件の良さを日本のそれと比べて羨ましがられますが、こちらのナースは、黙っていても何もよくならない、労働条件の改善はケアの内容の向上に密接に結びついているんだと、一つ一つ戦い取ってきたものです。

私がオーストラリアに来る前、1986年には、ビクトリア州で50日間にわたるナースのストライキがありました。この結果、下記のようなことを実現する事ができました。

  1. 看護教育を大学教育に一本化する
  2. 看護の業務から看護以外の雑用をなくし、クリーナー、病棟クラーク、配膳係り等それぞれ必要な人材を雇い入れる
  3. 患者対ナースの割合の適切化
  4. ナースの給与の改善

忙しく、残業の連続で疲れ果てている日本のナース、日本人ナースの方のお話を聞くたびに、ナースの労働条件とケアの内容が以下に密接に結びついているかを痛感します。

日本では医療崩壊が叫ばれていますが、オーストラリアも例外ではありません。より少ないお金でより多くのサービスを提供するようにというプレッシャーの動向はこれからも変わることは無いように感じます。

オーストラリアはこの度、11年ぶりに政権が交代し、労働党政権となりました。ヘルスケアシステムの改善はラッド内閣の優先事項の一つでもありますから、ちょっとでもよい方向に向けて動いていく絶好の機会となればと思っています。

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水の使用制限

今日は火曜日、早起きして庭に水をやる。6時から8時の間と限られているので寝過ごすとせっかく植えた花が枯れてしまう。しっかり根を張るまでは定期的な水やりは欠かせない。

メルボルンは水の使用制限がどんどん厳しくなり、今ステージ3Aの制限、どういう内容かというと、庭に水をやるのは週に2日だけ、偶数番号の番地の家は火曜日と土曜日、朝の6時から8時の間、水をやっていいのは花壇だけで、芝生にはやってはいけない。

オーストラリアは乾燥した大陸、年間の平均降水量も400ミリぐらいしかない。日本は1700ミリ以上、大雨の被害のニュースなど見ると、ああもったいない、どうして世界に平均して降ってくれないんだろうなんてため息が出る。

オーストラリアは昨今、特に雨量が減り、農業地帯は深刻な干ばつが続いている。羊や牛の飲み水も牧草も足りない。水の配分をどうするかは大きな政治問題でもある。

都会に住む人間も水の節約は深刻な問題、日常生活で様々な工夫をしている。

  1. シャワーの下にバケツを置いて、熱くなるまでの水を無駄にしないでためて庭に使う。
  2. 野菜や果物を洗った水は、ためて庭に使う。
  3. 洗濯機のすすぎの水はためて庭に使う。
  4. 雨水をためる大きなタンクを設置したり、台所、シャワー、洗濯機の水を下水に流さず庭用にタンクにためるように配管をする家庭も増えている。

私もせっせとシャワーや洗い物の水をためて庭の水遣りに利用している。じょうろが大活躍!

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緩和ケアの未来

忙しくて何と二ヶ月近くBlogをサボっていました。更新も無いのにBlogを訪れてくださった皆様、ありがとうございました。ぼちぼちとではありますが,更新再開します。

緩和ケアオーストラリアの学会ですが、非常にたくさんの刺激を受けて帰ってきました。自分のユニットだけで日常の仕事に埋没して過ごしていてはいけないなと強く感じました。

緩和ケアオーストラリアのプレジデント、モナシュ大学の緩和ケア教授、そして今大会の議長であったマーガレット オコナー教授のスピーチがとても印象に残りました。

彼女は緩和ケアの未来という事についての話で、私たち緩和ケアスペシャリストの仕事は、将来緩和ケアスペシャリストという仕事をなくすることだと、自分たちの仕事をなくすことだと語りました。

つまり、どんなに医学が進歩しても人は必ずいつかは死ぬ、死は避けられないけれども、苦痛な症状を徹底的に緩和し、全人的なアプローチでその人らしい尊厳を保った死が迎えられるように援助する、家族、友人に必要なサポートを提供するというのは、どの分野で働いているかに関わらず、ヘルスケアプロフェッショナルが学んでいくべきものです。

緩和ケアの思想、知識が普及し、がん病棟であれ、老人ホームであれ、在宅ケアであれ、あらゆる分野のヘルスケアプロフェッショナルが、死を生命の自然な過程として認め、必要なケアをそれぞれの場で提供できるようになれば、所謂緩和ケアスペシャリストというものは要らなくなる、そういう状況が、自分が失業する事が理想だと彼女は語りました。

マーガレットは、私が日本人ヘルスケアプロフェッショナルのための研修プロプラムのコーディネイトをしていた時、同じ施設で在宅ケアの所長として働いており、在宅緩和ケアについてのいつもいつもレクチャーの依頼をしていましたが、いつも快く引き受けてくれました。レクチャーの通訳をしながら、私自身、多くのことを学ばせていただきました。そのときにも、マーガレットは、緩和ケアスペシャリストナースなんていうものが要らない時代がきたら私はとてもハッピーだと言っていました。

あれから10年以上の歳月が経ちましたが、彼女はあの広大な理想を揺るぎなくみつめ続け、歩き続けて、今やオーストラリアの緩和ケアのリーダーになったんだなと感慨深い思いがしました。

実際、オーストラリアの緩和ケアは、少しずつではありますが、マーガレットの理想とする方向に向いて動いているように思います。

多くの人の最後の時を迎える場所であるナーシングホーム、そこでの個々の希望をを尊重した、尊厳ある死を迎えられるようなケアのアプローチのプロジェクトが進んでいます。

ホスピスムーブメントの産みの親ともいえるシスリー ソーンダース女史も、同じような事を著書の中で述べています。

現代医学は進歩し、医療者は患者の死をまるで自分たちの失敗のように感じ、どう対応していいのかわからず避けて通っている、現在のヘルスケアシステムの中に緩和ケアを導入する事は難しいので、主流から外れてホスピスを始めるけれども、いずれは、医療の主流の中に当たり前のものとして緩和ケアが存在するようになるのが理想だと、一昔前に読んだ著書ですが、確かそのような事が書かれてあったと思います。

私の働いている緩和ケアユニットには、在宅から以外にも、急性期病院の病棟から、或いはナーシングホームから緩和ケアのために移ってくる方がたくさんいらっしゃいます。

ここのユニットはいいわ、スタッフはとても暖かいし、色々気配りをしてくれるし、痛みはとってくれるし…

そう言われると嬉しいけれども、反面、どうして前の病棟では、こんな基本的なことができてなかったのだろうか、と考えてしまう事があります。特にナーシングホームや、透析を中止する事を決断して透析ユニットから移ってきた患者さんたち、長年の人間関係ができている場所で適切な緩和ケアが受けられれば最高なのにと…

取り敢えずは、残念ながら私が失業する事はなさそうですが、後20年、30年経ったときの緩和ケアがどのような状況になっているのか、楽しみです。

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オーストラリア緩和ケア学会スタート

今日から4日間、第9回オーストラリア緩和ケア学会が開催されます。地元のメルボルンなので、学会休暇(年に5日間、学会や勉強会の参加のために取れる有給の休暇)を取って参加します。本格的なスタートは明日からですが、今日は、登録や歓迎レセプション等、日本から参加されている方もいらっしゃるようです。

連日びっしりのスケジュールですが、時間があれば内容の報告をBlogに載せられたらと思っています。

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学会の開催されるメルボルンコンベンションセンター、ヤラ川沿いに建っています。

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メルボルンの電車の主要駅であるフリンダースステーション

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春の息吹き

暦の上ではまだ冬ですが、メルボルンは寒さも和らぎ、春の気配が感じられるこの頃です。

今日は日曜日、あいにくの雨ですが、我が家の同居人、Mikiは雨でも風でもへっちゃら、散歩命で催促が激しく、小降りの時を待って散歩してきました。

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あちこちでワトル(Wattle)の花が咲き始めています。日本ではミモザと呼ばれていますが、正確にはマメ科アカシア属に属するとか、ワトルはオーストラリアの国の花です。黄色いフワフワしたポンポンのような花が咲き始めると春の訪れを感じます。

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Mikiは子犬の時に子犬のための幼稚園に行ったからか、社交的で誰とでも仲良くなります。散歩で他の犬達に会えるのも楽しみの一つです。

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散歩の足を伸ばして、ご近所の庭の春の息吹きを感じさせてくれる花を撮影

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長いお散歩で大満足のMikiでした。

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天国からの使者?

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この猫の名前はオスカー、アメリカ、ロードアイランドのあるナーシング、リハビリテーションセンターの認知症ユニットに住んでいるそうです。2年前、子猫だったオスカー君をスタッフが引き取り、このユニットで面倒を見ることにしたそうです。

オスカー君は、彼の特別な能力の故に最近、新聞、テレビ、医学雑誌にまで紹介されています。

オスカー君は、何と、患者さんの死を予知する能力があるようです。過去2年間に、25名の患者さんの死を予知したとか、間違った事は無かったそうです。

オスカー君が何をするかというと、彼が何かを感じた患者さんの部屋に入り、ベッドに飛び上がって、患者さんの傍に丸くなって座り込み、ごろごろとのどを鳴らし始めるのだそうです。

オスカー君が座り始めると、スタッフは、死期が近いかもしれないという事で、家族に連絡を取り、最後に間に合いたい家族は駆けつけることができるのだそうです。オスカー君が座り始めるのは死の数時間前だそうです。

多くの家族が、オスカー君が傍にいてくれる事で、癒される思いをするとか…

オスカー君は現に地元のホスピスサービス機関から感謝状をもらっています。

“For his compassionate hospice care, this plaque is awarded to Oscar the Cat."

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私の勤務するユニットにも二匹の猫がすんでいます。レオとポリー、彼らもその種の能力が無いわけではないようです。特に黒猫のポリー、彼女が病室の前をうろうろしたり、座り込んだりすると、私たちもひょっとするとと警戒します。レオは鈍いと、私たちは感じていたのですが、一度オスカー君みたいに、死の迫った患者さんのベッドに飛び上がり、患者さんの傍で丸くなって座り込み、家族と一緒に患者さんが亡くなるまで傍にいました。家族は、レオがそばにいてくれた事がとても助けになったと話していました。

予知能力なんて人間の勝手な思い込みだ、オスカー君が傍に行くのには他に理由があるに違いないという声もたくさんありますが、現にオスカー君の存在が、多くの家族にとって、辛い時間を共に過ごしてくれる存在として役に立っているのなら、オスカー君はやっぱり天国からの使者じゃないかと思います。

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喪失、悲嘆、死別のサポート

大切な人を死によって失った者の悲しみは深い。

リサーチによると、身近な人の死別を体験した人は、そうでない人に比べて、医師にかかる回数が多く、より多く薬を必要とし、病院に入院する事も多いそうだ。(Stroebe、Hansson, Stroebe, & Schut., 1999)

ビクトリア州で毎年約3万2千人が死亡する。一人の死が大体10人の人に影響を与える。つまり、32万人のビクトリア州民が何らかの影響を受けるという事になる。州民の健康を維持、向上させると言う観点からも、適切な喪失、悲嘆、死別のサポートが必要という事になる。

しかし、死別を体験した人が、皆、カウンセリング等の専門的介入が必要かというとそうではない。

圧倒的多数の人は、家族、友人、コミュニティー等のサポートで、喪失、悲嘆、喪のプロセスをたどっていく事ができる。

喪失、悲嘆は病気ではない。喪失、悲嘆を病的なものとして扱うのではなく、ノーマライゼイションが必要である。但し、個人個人によって、文化によって、その過程は異なり、これが正しいやり方、間違ったやり方というものがあるわけではない。その事を家庭で、学校で、職場で、、コミュニティーで理解し、受け止めてサポートしていく事が重要であるといわれている。

しかし、5~10%位の人達は、複雑、病的な喪失、悲嘆のリスクにあるといわれている。ヘルスケアプロフェッショナルに取っては、ハイリスクにある人たちをスクリーニングする事が重要になるのだが、悲嘆の分野の研究はまだそれほど進んでおらず、これこそといったスクリーニングツールがない。

Jordan, Niemeyer、(2003)は、ハイリスク要因として下記のことをあげている。

  • 配偶者を亡くした男性、特に高齢で、世間との付き合いもなく、社会的に孤立している人
  • 子供を亡くした母親
  • 突然の死、或いは悲惨な死(自殺、テロ、戦争、殺人、事故死等)
  • 鬱病等の精神障害、薬物依存、PTSD
  • 自分に自信がなく、自分で物事をやる能力が低く、故人にべったり依存していた人
  • 虐待やトラウマの経験がある人
  • 極度の抑うつ、不安、Rumination symptoms
  • Diagnostic Criteria for Complicated Griefの基準に当てはまる人

ビクトリア州では政府の資金で、グリーフエデュケイションセンターを始めとする4つのサービス機関を設け、教育啓蒙活動、カウンセラーの養成、個別或いはグループでのカウンセリング等を行っている。子供を対象にしたプログラムも多い。

その他、ヘルスケアサービス機関、緩和ケアサービス、地元の教会、葬儀社、電話相談サービス、プライベイトのカウンセラー等々、様々なサービスがあるが、都会に住むものには容易にアクセスできても、田舎に住む人には難しいとか、問題は多い。

政府の方針としては、専門家による治療的介入は、ハイリスクにある人にターゲットを絞って提供する。ノーマルな喪失、悲嘆の範囲内にある人には、その人の家族、友人、職場等のサポートが得られるように、一般社会への教育啓蒙活動を充実する。ヘルスケアワーカーへの喪失、悲嘆に関する教育を充実しする。このような傾向で動いている。無制限に財源があるわけではないから、いかに限られた財源で、州民に公平な、効果的なサービスを提供するかが必要という事だろう。

この記事はビクトリア州政府による下記のレポートを参考、引用したものです。
Review of Specific Grief and Bereavement Services
http://health.vic.gov.au/palliativecare/finalrep_grief.pdf

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ホステル、ナーシングホームに入るのにいくらかかる?

英国ホスピスコラム行き場の無い患者さんという記事があり、ホスピスに入院している患者さんで、症状が安定して退院できる状態なのに、家族は引き取らない、ナーシングホームへの転院を紹介すると、お金がかかるものだから拒否し、結局その患者さんは行き場が無い話が紹介されていた。

イギリスもオーストラリアもホスピス、或いは緩和ケアユニットは、2週間を目処とした短期の入院施設、症状のコントロール、レスパイトケア、ターミナルケアで入院し、症状が安定すれば退院、レスパイとの期間が終われば退院、或いは死亡退院という事になる。長期の療養施設ではない。

私の勤務するユニットでも、イギリスでの様なケースがしょっちゅうある。緩和ケアユニットに入院中は自己負担一切無い。症状が安定して、もうユニットに入院する必要はなくなっても、家族がもうこれ以上は家でケアできないとかいう場合である。その場合は、長期療養型の施設に移ってもらう事になる。それに対して、患者さん、家族からの抵抗があり、問題になることが多い。やはり、お金がかかるという事がかなり大きな原因になっているように思われる。

放浪医者日記米国のナーシングホームの費用について書かれていたが、アメリカほどではないにしても、オーストラリアもこうした施設に入るにはお金がかかるようになってきた。

かつては、入所金も無く、年金の85%を支払えば、それだけでホステルで、或いはナーシングホームで余生を送る事ができた。

でも、人口の高齢化に伴い、これでは国の財政がパンクすると、ナーシングホームやホステルのベッド数を政府が管理し、入所も高齢者ケアアセスメントチーム(Aged Care Assessment Team-ACAT)によってアセスメントの基準に達したものだけが入れるようにし、在宅ケア(Home and Community Care Program-HACC)をすすめ、可能な限りは在宅でという政策を推し進めてきた。

オーストラリアの長期療養型の施設には、ナーシングホーム(24時間看護を必要とする人のための施設)と、ホステル(多少の援助があれば自立した生活ができる人のための施設)がある。

65歳以上で高齢者年金受給者の一日の料金は約29ドル、高齢者年金は2週間で約490ドルだから、その85%を支払う事になる。

だったら悪くないじゃないと思うかもしれないが、これ以外に、入所時に支払うボンド(Accommodation Bond)がある。これはその人の資産の査定をして、それに応じて課せられるものである。お金があればあるほど高額のBondを払わなければならない。根こそぎ財産を持っていかれるような感じだが、33,000ドルだけは残して、それ以上の財産に対してBondを請求される。これは、取られっぱなしでは無く、そこを退所したり、死亡した場合、何年そこに入所していたかによって、規定の額を差し引かれ、残りが払い戻しされる。

例えばA氏がホステルに入る事になった。
A氏は持ち家がああり、そこには奥さんが住んでいる。
奥さんはここに長く住んでいるので、この家は資産査定の対象に入らない。
しかし、株とか貯金とかで80,000ドルある。
これは夫婦の資産なので二人で分けると、Aさんの資産は40,000ドルとなる。
従って、Aさんは40,000ドルから33,000ドルを引いた差額の7000ドルをボンドとして支払う事になる。
Aさんは、3年後に、そこを出た。
そこのホステルの一年間についての差し引き額(Retention amount)は、1,530ドルだったので、3年間分の4590ドルが差し引かれ、Aさんには2410ドルが払い戻しされる。

立派なお家があり、一人暮らしで家も資産査定の対象になると、ボンドは莫大な額になる。家は立派でも、貯金が無ければ家を売ってボンドを支払うお金を作るとか、或いは家を担保にお金を借りてボンドを支払う。

親の遺産を当てにしている子供たちにはショックな話である。死後はお金が戻ってくるのだけれども…。それが嫌で、親の家に移り住んでという手段もあるが、この場合はその子供なり、一家が収入が無く、政府からの援助に頼っており、なおかつそこに5年以上住んでいることが条件になる。或いは、入所の前に、ケアのために移り住んでいる人が収入が無く、政府からの援助で生活しており、そこに過去2年以上住んでいる場合も家は資産査定の対象からはずされる。

高額のボンドを払った人は、ホステル、ナーシングホームの一日の料金も割高になる。ボンドの額が、122,500ドル以上だった人、或いはお金があって高齢者年金の需給対象にならない人(Self Funded Retiree)、こういう人の一日の料金は35.69ドルとなる。

持ち家も無い、資産もない、こういう人はボンドを払う必要は無い。ケアの内容に差がつけられるわけでもない。

老後のためにせっせと働いて貯金をして、そんな人は割の悪い対応を受けるシステム…、アリさんよりは、キリギリスでいた方がこの国では楽なようだ!

しかし、全てのキリギリスが遊びほうけていたわけではないし、全てのアリさんが勤勉だったからお金があるわけでもないし、私みたいな真面目な中間層の庶民が一番不公平な目にあうのか…

こういう社会だからか、ナースの同僚の中にも、老後の事など考えず、海外旅行とかで飛び回ってる人もいる。そのくせ、今月の光熱費払うお金が無いとか…
そんなに心配しなくったって、この国では飢え死にする事は無いわよ、政府が面倒見てくれるって…だって
お気楽オージー、これだからこの国は今一なんだよと思いつつも、それがこの国のいいところでもあったり…

最後、すっかりテーマから外れてしまいました(笑)

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