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ナースに対する暴力

前に私の勤める緩和ケアユニットに、日本のナースが短期間、研修に来たことがあった。

5日間の研修を終えたAさんに、一番印象に残った事はと聞くと、彼女は次のエピソードが最も印象に残ったと話してくれた。

私はその時、休暇中でついてあげる事ができず、Aさんは新卒だがしっかりもののMさんについてケアの現場を見せてもらっていた。

ある日、Mさんが、痛みのコントロールで入院中の40代の男性患者の持続皮下注の針の交換をしようとしたところ、その患者が急に怒ってMさんを乱暴に突いた。

Mさんは妊娠8ヶ月、とても落ち着いた性格のナース、そこで患者に対して穏やかに、自分はこれから何をするか、どうしてそれをしないといけないか、事前に説明をし、あなたは了解した、それなのに、こういう暴力を振るうなんて自分は絶対に許容できない、二度とこういうことはしないと約束してほしいと、きっぱりその患者に伝えた。

Aさんは、日本ではあんな風にきっぱり言えるナースなんていないと思う、自分に悪いところがあったんじゃないかと考えて謝ってしまうような気がする、ものすごくびっくりしたし、感動したと…

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ナースという仕事は、患者さんや家族からの暴力、暴言で嫌な思いをさせられたり、身の危険を感じるような事の多い仕事だと思う。

勿論、これはナースに限らず、医師やその他の医療者も、被害者となるが、一般的にナースが矢面に立たされるケースが多い。

Victoria州では2004年にこうした暴力に対してVictorian Taskforce on Violence in Nursingを設立した。

どこの病院もノーバイオレンスポリシーを掲げ、スタッフの教育に当たっている。暴力を許容する必要は全くないということ、暴力から自分の安全を守るためにどういうことができるか、組織としてどの様なサポート体制があるかという事について教育する。

暴力とは身体的な暴力に限らない。乱暴な攻撃的な言動、態度、言葉による嫌がらせ、セクシャルハラスメント等もすべて含まれる。

前に述べたケースでその後どうしたかというと、まず上司であるナースユニットマネージャーに報告、インシデントレポートを提出、ナースユニットマネージャー(NUM)が患者にノーバイオレンスポリシーについて再度説明、その患者はその後、いらいらした言動はあったが、二度と暴力を振るうことはなかった。

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うちのユニットで起きた患者、家族からの虐待のケースをもう少し紹介してみよう。

ケースその1

ある患者さんが人種差別的な言葉をイスラム系のナースに対して陰で言ったという事がNUMに報告された。その患者は、どうもアジア系のナースに対しても、はっきりと言葉は聞いていないが、態度が違うと感じている人達がいた。

ある日の午後の勤務、私が責任番で他の二人のナースもマレーシア人、台湾人と皆アジア系、私はNUMと事前に話をし、もしもその患者さんが差別的な言動をした場合、どのようなオプションがあるか話し合った。安全な職場環境を求める権利とケアへの義務をどう折り合いをつけるのか、患者さんが抗議をしても態度を改めないのなら、Allocationに他のナースをよこすよう要請できるのかという事だった。

NUMはまず自分が患者と話し合いをするということで一応話し合いは棚上げ、NUMの報告を待った。

NUMは、患者に人種差別は一切許容しないという事、今日の午後のスタッフは全員アジア系だということ、アジア系のナースのケアを受けたくないというのであればあなたは拒否する権利はあるが、あなたのために余分のスタッフを臨時に入れるつもりは無いから、次のシフトで誰か来るまで待つしかないですと…

その患者さんは80歳代の末期がんの女性、殆ど寝たきりで失禁もある人、NUMに上記のような事を言われて、そんなつもりはなかったと謝り、泣いたのだそうだ。そこまで言ったかと私もびっくりして、ちょっと可愛そうになったが、黙っていれば、ちくちくと嫌がらせの差別は続いたろうと思われるので、やはり抗議はきちんとすべきかと…

ケースその2

Pさんは83歳の末期がんの患者さん、少し認知症もあった。症状コンとロールで入院し、すぐに症状は治まり、ADLもほぼ自立状態、退院できる状態だったし、本人は家に帰りたいと言う。しかし、家族が家では面倒みれないと言う。毎日昼間から大勢で押しかけてたっぷり半日以上を患者さんのベッドサイドで過ごすのだから、自宅で介護することは可能だろうし、そのほうが家族の負担も少ないのではというのが私達の考えだったが、結局家族の希望でナーシングホームに転院、何ヶ月か後に痛みの悪化で再入院してきた。

二回目の入院では状態が徐々に悪化、死期が迫っている事が明らかだった。痛みのコントロールのためFenatnyl patchからHydromorphoneの持続皮下中に切り替えたが、うとうとしている時間がだんだん長くなってきた。

家族は相変わらず、皆でぞろぞろとやってきて長い時間を患者さんのもとで過ごしている。そして、うとうと眠りすぎだ、話ができない、麻薬の使いすぎだ、あなた達は彼女を殺そうとしていると文句を言い始めた。

体位変換や清拭のとき痛そうにうめく事があるのでレスキューの鎮痛剤を使おうというと拒否する、体位変換そのものまで拒否する、そのくせ自分達で直接手を出して患者さんに何かしてあげるという事はしない、よだれが出てるから拭いてみたいな事でナースコールしてくる…

この家族のためには何度も家族会議を開き、医師も時間をかけて説明し、ソーシャルワーカーや臨床パストラルケアワーカーも時間をかけて家族の話を聞いたりしたが、事態は一向によくならなかった。3人いる娘の一人が特にひどく、精神障害が疑われたが、私達にできる事はなかった。毎日の体位変換一つにも、その都度時間をかけて必要性を説明し、ネゴシエーションをしなければならない、疲れ果てるケースだった。

そのPさんが亡くなった。家族を見送りに玄関まで出た医師の顔に例の娘がつばを吐きかけて帰っていった。ナースにも言いたい放題の暴言を捨て台詞のように残して帰っていった。事はそれだけで終わらなかった。その後、職場に、ナース一人一人に名指しで嫌がらせの電話をかけてくるようになった。あの頭の変な娘がその辺に潜んでいて後ろから刺されるなんて事もありそうな話に思えて、仕事に行くのが恐怖だった。

もう我慢ならないと、NUMが病院の顧問弁護士に連絡をして、法的に対応してもらう事にした。苦情があるのなら、病院の苦情を受け付ける部門か州政府の医療に関する苦情を受け付ける部署にする事、ナースやスタッフ個人に対する電話等の行為は虐待であり、訴える用意があるというような事を文書で伝えたらしい。以後、嫌がらせの電話はなくなったが、恐怖はしばらく続いた。

これは極端なケースで、幸い、私のナース人生でこんなひどいケースに出くわした事は後にも先にもない。

このケースでよかった事は、医師もナースも他の職種も一緒になって、サポートし合い、患者さんの利益を考える姿勢は失わなかった事かと思う。

しかし、この家族と関わっている間に被ったスタッフのストレスは計り知れない。将来同様なケースが起これば、スタッフの保護のために、ユニットだけの問題としてではなく、病院として早めに対策を講じる事が必要だと確認しあったケースであった。

ケースその3

これは特定のケースではなくよくあるケース、痴呆症、せん妄、アルコール或いは薬物の禁断症状がある患者さんが、ケアを提供しようとするナースに対して、ついたり、殴ったり、引っかいたり、暴言を吐くというもの、緩和ケアユニットで起きる暴力は殆どがこのケースに入る。

こういう患者さんには一人でアプローチしない、殴られやすい、蹴られやすい角度、距離に身をおかない、家族の協力を得て処置の間話しかけたり、押さえたりしてもらう、暴言に抗議はするが暴言で答えない、そして勿論症状に対する適切な治療を行う。

必要ならセキュリティーのスタッフに応援を頼む。頑丈な体格のセキュリティーの制服を着たスタッフが顔を出すだけで、せん妄のある患者さんでもぴたりとおとなしくなる事が多い。

力のある患者さんの場合は、何か起きてからではなく、何か起きそうだったら、処置の前にセキュリティーのスタッフに連絡して応援がついてから処置を開始する。

インシデントレポートは例えニアミスでもきっちり書く。


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こちらの病院ではどこでも緊急時のコードが決まっている。

コードブルーはご存知の方も多いと思うが、Medical Emergency、これを発すれば心肺蘇生チームが駆けつける。

コードブラック、これは患者や家族、病院訪問者等にによる攻撃的な言動により脅威を感じた場合に発する応援要請、セキュリティーのスタッフがすぐに駆けつける。前に勤めていた病院では、バイオレンスへの対策がもっとしっかりしていて、患者の暴力に対しては、セキュリティーだけでなく、医師、ナース、そして屈強な体格のオーダリーのスタッフで構成されたチームが駆けつけ、必要ならその場で押さえつけて鎮静剤を投与するという事もあった。コードブラックでは必要なら警察にも応援を依頼する。

家族が、或いは訪問者が、興奮して声を荒げてスタッフに脅威を感じさせるような事態が起きた、コードブラックの要請を電話ですることが困難、そういうケースもあるかもしれない。そういう時のために、ナースステーションのデスクの下にデュレスアラームのスイッチがあり、膝で押せるようになっている。

病院によっては、ナースは、特に人の少ない夜勤帯では、特別のアラームを持ち歩くところもある。危険を感じた場合、スイッチを押す、或いはズボン、スカートにつけたそのアラームを無理矢理奪われた場合には紐が抜け、それがセキュリティーに伝わり、すぐに駆けつけてくれる。その時間すらなくいきなり襲われて倒れた場合には、アラームがその人の角度を感知してセキュリティーに伝わる。使い始めた時、間違いでアラーム発信をして2-3分でセキュリティーの人が来て、謝りながらも心強く感じたことだった。

ナースに限らず医療者への暴力は世界的に報告されている。組織としてスタッフの安全を守るための対策を取っていなければ、現場のスタッフのストレスは大きく、仕事への満足度の低下、職場のモラルの低下、離職、欠勤の増加、バーンアウトにつながるといわれている。

患者さん、家族の暴力、暴言にいたる心理的過程を理解しようとする事は大切だが、どの様な事情があれ、スタッフに対する暴力、暴言は許容しないというポリシーを持ち、組織として暴力に対応していく事が大切だと思う。

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コメント

トラックバックとリンクありがとうございます。私の方もリンクに上げさせてもらいます。

同じ緩和ケアナースとしてよろしくお願いします。

>カナダの緩和ケア事情、楽しみに読ませていただいてます。
これからもよろしくお願いします。

投稿: missy | 2007年7月 7日 (土) 09時17分

医療者への暴力、虐待は最近になって対応策がしっかりしてきました。
DVに対してはここ何年もTVでヘルプラインの宣伝が流れています。色々な状況のシーンが流れ、被害者にも、加害者にも、今すぐヘルプを受けるようにすすめるものです。医療機関にかかるほどではない、或いはこれはDVになるんだろうか、自分にも悪いところがあったのだろうかとか、思い悩んでいる人には助けになる情報ではないかと思います。
警察も昔はあまり役に立たなかった事を反省して、この種の通報にはすばやく対応するように変わってきているようです。

投稿: Hana | 2007年5月29日 (火) 20時02分

たいへん興味深く読ませて頂きました。我々の病院にも同様のコードがあり一度使用したことがあります。頑丈なガードマンがすぐに駆けつけてきました。
日本はこの点、まだ遅れています。特に虐待に関して無関心な医師が多いです。TBさせて頂きます。

投稿: Taichan | 2007年5月26日 (土) 02時08分

Emikoさん
コメントありがとうございました。日本のナースは確かに真面目で一生懸命ですよね。こちらには日本人ナースのつめの垢を飲ませてあげたいような人が時々いますが…。
でも手当てのつかない過度の超過勤務は辛いですね。私は最近つくづく思うのですが、働く人が人間らしい生活を送れないような労働条件の下では、長期にわたってよい医療.看護を提供していく事は難しいのではないかと…
無理をして身体をこわさないように、ご自愛ください。
PS
体位変換用のスライディングシーツ、そちらで紹介してみてはいかがですか?私は、日本人ナースが見学にみえたときには、必ず実際に使い方を学んでもらいますが、皆、是非日本にも導入したいとおっしゃられますよ。

投稿: Hana | 2007年5月22日 (火) 01時28分

HANAさん、この間はコメントありがとうございました。今日は仕事が早くくおわったのでHANAさんのBLOGにお邪魔しました。っといっても8時ですが。

さすが、AUSTRALIA.自分を守ることに対する考え方は日本とかけ離れていると思います。AUSの大学でもその辺はしっかり習いました。日本ではそういう教育はまだまだですよね。

患者さんの移動一つにとっても、NSWではナースの腰を痛めないようにとリフターやスライドシートの使用が義務づけられていました。
今、日本でマニュアルハンドリングをしながら、違和感を感じています。
また、太った患者さんが転倒したとき、自分が下敷きになって怪我をしそうなら、患者さんを助けずに手を放しなさいともおしえられました。

最近、手当てのでない過度な超過勤務をしながらAUSTRALIAに帰りたいとつくづく思います。
とってもまじめで誠実なナースたちを見ていると日本の看護を誇りに思ったりもするのですが。

投稿: EMIKO | 2007年5月22日 (火) 00時38分

コメントありがとうございました。
日本で働いていた時(大昔)、組織としての何のサポートもなかったので、せん妄、興奮状態で鋏を持って暴れる患者さんを取り押さえた事がありましたが、こちらのマニュアルでは絶対にやってはいけない愚かなヒロイックな行為、私、殉職してたかもしれないと思うと怖いです。
日本の警備員ってこちらが庇ってあげなくてはと思うような人が多かったです。

投稿: Hana | 2007年5月18日 (金) 17時12分

非常に興味深いお話しありがとうございます。幸い私自身はこれまで暴力に晒されたことはありませんが、先日日本の医師の内1/4が暴言を浴びたり、危険を感じたことがあるという記事を読み人事ではないと感じています。Hanaさんがおっしゃるように、組織として毅然とした態度を取ることが大事なのだと思います。
ちなみに、僕の現在の勤務先病院では患者暴力に対する応援要請を"condition M" (MはMuscleのMらしいです)と呼んでいます。

投稿: tanu | 2007年5月18日 (金) 14時03分

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