子供のホスピス、Very Special Kids
メルボルンにはVery Special Kidsという子供のためのホスピスプログラムがある。
これは1984年に創立された。
私がわざわざプログラムといったのは、子供のホスピスという建物があって、そこでサービスが提供されているという狭義の解釈を避けるためである。
Very Special Kidsは、生命の限られた子供たち、末期の子供たちを抱える家族をサポートするプログラムである。
子供たちの疾患は各種神経変性疾患、遺伝性疾患、癌等々、私が訪問していた頃は膵嚢胞線維症の子供が多かった。予後は様々だが、良くても成人に達するまでは生きられない子供たちである。病院を出たり入ったりが日常の子供たちである。
Very Special Kidsはこうした家族に様々なサポートを提供している。
ボランティアによるサポート
ここのしっかりとしたファミリーサポートの訓練を受けたボランティアはVery Special Kidsの核となる活動をしている。現在、750家族のサポートをしているとホームページでは紹介されている。
病気の子供を抱えた家族は片時も休まる暇がない。予後が限られた疾患ともなれば、その苦悩は計り知れない。ボランティアは家族を定期的に訪問し、ケアに当たる親の話し相手になったり、病気の子供の兄弟姉妹の遊び相手や話し相手になったり、しばらく病気の子供のそばについてあげる事で、ケアに当たるお母さん、或いはお父さんにひと時休憩をする時間を与えたり等、親はちょっとの間、子供の心配をせず買い物にいったり、ちょっと息抜きをしたりする時間を持つ事ができる。
病気の子供たちは入退院を繰り返している。ビクトリア州の子供の病気は殆どがロイヤルチルドレンホスピタル(Royal Children Hospital)で行われている。ボランティアは入院中の子供たちを訪問し、話し相手や遊び相手になる。或いは小さな兄弟姉妹を連れて子供に会いに来ている親をサポートするために、しばらくその子供たちを預かって遊び相手になってあげる。或いは親が医療スタッフと面談の間、子供を預かり、遊び相手になる。
お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟、妹のためのプログラム
命の限られた病気の子供を兄弟姉妹に持つ子供をサポートするプログラムである。予後の悪い子供を持つ親の心配はどうしても病気の子供に集中してしまう。それゆえに他の子供は様々な感情を体験するがそれは言ってはいけないことと我慢している事が多い。そうした兄弟姉妹のために、Very Special Kidsでは様々なプログラムを提供している。このプログラムは親からの提案によって始まったそうだ。
兄弟姉妹の日、死別を体験した兄弟姉妹の日、思春期の兄弟姉妹の日、思春期の兄弟姉妹のお泊りの日、死別を体験した思春期の子供の日、個別カウンセリング等々。
ソーシャルワーカー、心理療法士、ボランティアが一緒になって、治療的なフレームワークの中で、色々な楽しい活動を通じて子供たちが自分の気持ちを探ったり、表現したり、子供たち同士でのサポートを強め、孤立感を減らす事を目指している。
家族、親のためのイベント
ボランティアの訪問サポートに限らず、Very Special Kidsは様々な家族サポートプログラムを提供している。
家族のためのピクニック、キャンプ、お母さんのための集まり、お父さんのための集まり、親のための夕べ、或いは似たような疾患、状況の子供を抱える親のネットワーク作りの手伝い等々、勿論、こうした集まりに出れるためには病気の子供の面倒を見る人、他のの子供たちの面倒を見る人がいるわけで、プログラムはこうしたサポート込みで提供されている。
私の経験、或いは様々な研究報告が指摘するところによれば、男性は、女性よりも、辛い気持ちとか、negativeな気持ちを表現することが苦手の傾向がある。似たような状況にあるお父さん同士でリラックスした雰囲気の中で自分の気持ちを表現できればCopingに多いに役に立つだろうと思う。
死別後のサポート
親より先に子供が死ぬことほど悲しいことはない。Very Special Kidsは死別の悲嘆のサポートも提供している。個別のカウンセリング、子供の死別を体験した親の集まり、ネットワーク作りのサポート、ワークショップ、りトゥリート(Retreat)、兄弟姉妹のためのプログラム、メモリアルデイ、催しに参加できなかった家族のためのニュースレター、又、Very Special KidsのセンターにはThe Quiet Roomがあり、なくなった子供たちの名前と写真が飾られ、家族はいつでも訪れる、静かにそれぞれのやり方で時を過ごす事ができるようになっている。
ホリデーサポート
子供が病気であるということは、財政的な負担も大きい。オーストラリアのヘルスケアは公的病院が主体で、そこでの治療費は一切無料だが、実際には、子供が病気になったために、共働きの夫婦の一方が仕事をやめケアに当たる事で収入は減少、田舎に住んでいる人なら、子供が入院中自分も近くに泊まることでの宿泊費諸々で出費はかさむ。(マクドナルドハウスとかあるけれどもそれでも出費はかさむ。)自宅療養中の薬代は一部負担でこれも馬鹿にならない。一年に一回ぐらいは家族でどこかに出かけたいと思っても経済的に不可能ということが多い。Very Special Kidsでは、有志によって提供された無料や低料金のホリデーの宿泊先も利用できる。
ハウス
生命の限られた子供たちのレスパイとケア、或いは何らかの事情で在宅で死を迎えられない子供の終末期のケアを提供するための入院施設である。8ベッドある。
圧倒的多数は長期にわたる予後の悪い疾患を抱えた子供のレスパイトケアに使われている。レスパイトケアとは、看病に疲れた家族に休憩を取ってもらうために患児に一時入院してもらうサービスである。子供たちのケアは家で受けていたと同じケアを提供する事が基本である。勿論、何か変更がどうしても必要であれば家族と相談して変更するが…。学校に行ける子はここから学校に通う。レスパイトケアは入院期間が限られている。希望の集中する学校の休みの期間、週末、イースターやクリスマス、予約制で公平になるように気を使いながら受け入れている。入院期間もせいぜい2週間までである。この間、親は休憩が取れるし、他の子供に向き合う事もできる。他の子供をつれてホリデーに出かける事もできる。どうしても、病気の子供から距離的に離れているのがつらいという親には、隣に家族のための宿泊施設もある。Very Special Kidsはもと大金持ちのお屋敷だったところ、元馬小屋だったところを改造してしゃれたホテル並みの家族のための宿泊施設がある。キッチンもあるし、スパーバスもあるし、田舎から子供づれでやってきてここに泊まって、昼間はメルボルンのあちこちを子供と一緒に訪れて、立派なホリデー気分になれる。しかも、病気の子供はすぐ傍でちゃんとケアを受けて、色々楽しい思いをしているので罪悪感は少ない。
入院中の子供は、他の子供と遊んだり、様々なアクティビティティーがある。痛みやその他の症状がある子供の治療の一環としての光、音、感覚の刺激を楽しめる部屋とか、あるお父さんが描いてくれた人魚の絵が天井にあるバスルームとか、ボランティアが遊んでくれるし、病気の子供たちにとってもある意味でホリデーになっている。
Funding
ビクトリア州の子供の緩和ケアの部門でVery Special Kidsはこれだけ貴重なサービスを提供しているのに、何と政府は全面的な財源の援助をしていない。Very Special Kidsを運営していくためには、一年間に3400万ドル(約3.4億円)かかる。政府はこのうちの20%を負担しているに過ぎない。ハウスの土地は政府の持ち物でこれは半永久リースになっているが、その他の諸々の政府の援助があっても少なくとも1300万ドル(約1.3億円)は寄付に頼らざるを得ない。Very Special Kidsの重要性を認める企業、有名人、個人は多く、今も何とか運営は続けられている。100%政府の資金で運営されている緩和ケア施設で働いている私からみれば、ある意味では、政府の資金を100%受けていないからこそ、理想的なケアを提供できるという面もある。政府が100%金を出せば、口も100%出す。何かと削られる事ばかり、難しいところである。
Very Special Kidsのサービスは利用者には無料で提供されている。
家族サポートの難しいボランティアはできないが、何らかの形で力にはなりたい、そういう人は多い。その人たちはFriends of Very Special Kidsと呼ばれ、資金集めをはじめ、様々なサポートを提供している。
Vry Special Kids Web site http://www.vsk.org.au/Home| 固定リンク
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コメント
こんばんは
トラックバックいただきありがとうございました。
very special kidsの情報ありがとうございます。長期療養が必要な児に対するケアが全て詰まったようなプログラムですね...。日本では、とかく『看取り』の部分だけがスポットを当てられがちですが...長期療養を続けるには、いろいろな問題が出てきます。
病気の児の同胞への配慮...これは、日本ではまだまだ広く認識されていない問題ですね...。ここまでのシステムが、国からの援助は約20%という状態で運営されているということに、驚きを隠せません。
一度、見に行ってみたいとも思うのですが...時間と資金に恵まれていません...(残念)
>田舎小児科医様、TBとコメントありがとうございました。
私も病気の子の兄弟姉妹に対するサポートの内容には感動しました。
でも、考えてみれば、誰かが病気になれば、その家族に様々な影響を与える事は自明の事ですし、その家族をサポートする事はひいては患者さんのQOL,その家族のQOLを向上させることにつながるのだし、患者と家族はケアを必要とする一ユニットとして支えていく、この緩和ケアの基本理念は、広く医療の分野に適用されてもいいのではないかと感じます。
日本は深刻な医師不足、看護師不足のようですが、ソーシャルワーカーとかいったコメディカルも圧倒的に不足しているのではないでしょうか?
Hana
投稿: いなか小児科医 | 2007年7月 8日 (日) 01時56分
レスパイトケアっていいですね。
最近、患者さん自身のみでなく家族の方へのサポートが重要であると考えています。日本でも行いやすい制度があればと思うんですが。
>よっしい先生
とりあえずは在宅を選んで帰られる患者さんがいたときに、レスパイとトチェックアップを兼ねて一ヵ月後ぐらいに入院の予約をしておくというのは?こちらではよくやります。家族の気持ちの支えにもなります。一ヶ月頑張ればちょっと休憩できるという…。
それからこちらではがんとともに生きるプログラムというのがあって、患者、家族のサポートプログラムをしています。とりあえず、病院内のがんの患者さんの家族のための夕べなんてものを開いてみてはどうでしょうか?同じ境遇にある方たちが集まって情報を交換するだけでも役に立つと思いますが。
Hana
投稿: よっしぃ | 2007年6月30日 (土) 14時50分
はじめまして。
「RSD友の会」というブログを書いている「TOM」と申します。
今日も、無事に目が覚めました。素直に感謝です。
私は、今、必死に、もがきながら「生」を求めて、這いつくばっています。
私は、クリスチャンではありません。
しかし、「聖書」が、実は、いつも手元にあり、今まで2回の大学病院への入院でのつらい病状・治療・検査などの時の私の支えになってきました。聖書の、さまざまな章句を思い出しては、恐怖感を奮い立たせて臨んだ、苦しい検査もありました。これからも、きっとそうやって、怖い気持ちを乗り越えながら、検査を受けにいくのでしょうね・・・。
今まで、入院した時、多くの、あまりにも厳しい状況の患者さんを目の当たりにして、(向こうから見れば、私がそう見えたのかもしれませんが・・・)、かける言葉を失ったことが一度や二度ではありません。
私は、他の患者さんから見ると、もしかしたら話しかけやすかったのかもしれません。
よく、何人かの、隣のベッドの患者さんに、夜中などに、小声で、「ねえ、TOMさん、起きてる?TOMさん、俺さぁ・・・・死ぬのがこわくて眠れないよ・・・・」と涙ながらに訴えられたことが何度かありました。それは、若い方でも、年配のかたでも、ありました。「死」は、老若男女問わず、等しく同じ恐怖のようです。
特に、いつ、突然死してしまうのかわからない状況にある方が、何人か隣のベッドになったことがありました。年下の若い方も、人生のベテランも、等しく恐怖は感じていました。若い患者さんが、夜中にいつまでも「死への恐怖」を私に訴えてきた時は、夜中の巡回の看護師さんも、少し多めにみて、ひそひそ話を見逃してくださったこともありました。
また、病気で、私と同世代で、思うように話せなくなった方が、いました。その方が、私に、紙に「自分が病気になって、いかに悔しい気持ちをしているのか」を、かきなぐって訴えたこともありました。頭の中での多くの言葉を伝えられないもどかしさ、人生を狂わせた病気・・・つらかったろうと思います。
「あとどのくらいです・・・」と、宣告された方の気持ちは、私は想像するしかありません。私は、鎮痛剤として「モルヒネ」を使っていますが、「余命には影響していない」と、いう説明を(少なくとも私は)聞いています。私には幼い娘たちもいます。まだまだ生きたい・・・・。いや、生きなければならないのです。
それほどまでに「元気に生きたい」と願っている私たちなのですが、なぜ、このような苦しみが存在するのか、疑問に感じざるを得ないことがあります。
今日も、目が覚めました。私には「まだ生きるように」との「自然」の命令なのでしょう。
この「生かされている重み」をかみしめながら、今日の苦痛を乗り越えたいと思います。
>TOMさん、
数あるBlogの中から私のBlogを訪れてくださり、ありがとうございました。RSDという病気、私は知りませんでした。少しインターネットで調べてみました。
http://www.rsds.org/index2.html
慢性的なNeuropathic Pain(神経因性疼痛)みたいですね。痛みとともに生きていく事の辛さ、病気の実態がわからない事のもどかしさ、私には察する事しかできませんが…
英語圏での友の会の情報とかご希望なら翻訳してTOMさんのBlogに送ります。
TOMさんが、ご自分の身体、ご自分の病気のエキスパートになって病気と共存して生きる道が見つけられるようにお祈りしています。(私もクリスチャンではありませんが)
それから、モルヒネを痛みの治療にお使いとのこと、痛みの治療に使うことで命を縮めることはありません。でも、麻薬の副作用として便秘は不可避、便秘対策されてますか?
入院中、多くの患者さんがTOMさんに死の恐怖について語ったとのこと、その方たちは、話を聞いてくれるTOMさんが隣のベッドにいてくれて本当に嬉しかったと思いますよ。
Hana
投稿: TOM | 2007年6月30日 (土) 08時56分