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2007年7月

天国からの使者?

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この猫の名前はオスカー、アメリカ、ロードアイランドのあるナーシング、リハビリテーションセンターの認知症ユニットに住んでいるそうです。2年前、子猫だったオスカー君をスタッフが引き取り、このユニットで面倒を見ることにしたそうです。

オスカー君は、彼の特別な能力の故に最近、新聞、テレビ、医学雑誌にまで紹介されています。

オスカー君は、何と、患者さんの死を予知する能力があるようです。過去2年間に、25名の患者さんの死を予知したとか、間違った事は無かったそうです。

オスカー君が何をするかというと、彼が何かを感じた患者さんの部屋に入り、ベッドに飛び上がって、患者さんの傍に丸くなって座り込み、ごろごろとのどを鳴らし始めるのだそうです。

オスカー君が座り始めると、スタッフは、死期が近いかもしれないという事で、家族に連絡を取り、最後に間に合いたい家族は駆けつけることができるのだそうです。オスカー君が座り始めるのは死の数時間前だそうです。

多くの家族が、オスカー君が傍にいてくれる事で、癒される思いをするとか…

オスカー君は現に地元のホスピスサービス機関から感謝状をもらっています。

“For his compassionate hospice care, this plaque is awarded to Oscar the Cat."

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私の勤務するユニットにも二匹の猫がすんでいます。レオとポリー、彼らもその種の能力が無いわけではないようです。特に黒猫のポリー、彼女が病室の前をうろうろしたり、座り込んだりすると、私たちもひょっとするとと警戒します。レオは鈍いと、私たちは感じていたのですが、一度オスカー君みたいに、死の迫った患者さんのベッドに飛び上がり、患者さんの傍で丸くなって座り込み、家族と一緒に患者さんが亡くなるまで傍にいました。家族は、レオがそばにいてくれた事がとても助けになったと話していました。

予知能力なんて人間の勝手な思い込みだ、オスカー君が傍に行くのには他に理由があるに違いないという声もたくさんありますが、現にオスカー君の存在が、多くの家族にとって、辛い時間を共に過ごしてくれる存在として役に立っているのなら、オスカー君はやっぱり天国からの使者じゃないかと思います。

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喪失、悲嘆、死別のサポート

大切な人を死によって失った者の悲しみは深い。

リサーチによると、身近な人の死別を体験した人は、そうでない人に比べて、医師にかかる回数が多く、より多く薬を必要とし、病院に入院する事も多いそうだ。(Stroebe、Hansson, Stroebe, & Schut., 1999)

ビクトリア州で毎年約3万2千人が死亡する。一人の死が大体10人の人に影響を与える。つまり、32万人のビクトリア州民が何らかの影響を受けるという事になる。州民の健康を維持、向上させると言う観点からも、適切な喪失、悲嘆、死別のサポートが必要という事になる。

しかし、死別を体験した人が、皆、カウンセリング等の専門的介入が必要かというとそうではない。

圧倒的多数の人は、家族、友人、コミュニティー等のサポートで、喪失、悲嘆、喪のプロセスをたどっていく事ができる。

喪失、悲嘆は病気ではない。喪失、悲嘆を病的なものとして扱うのではなく、ノーマライゼイションが必要である。但し、個人個人によって、文化によって、その過程は異なり、これが正しいやり方、間違ったやり方というものがあるわけではない。その事を家庭で、学校で、職場で、、コミュニティーで理解し、受け止めてサポートしていく事が重要であるといわれている。

しかし、5~10%位の人達は、複雑、病的な喪失、悲嘆のリスクにあるといわれている。ヘルスケアプロフェッショナルに取っては、ハイリスクにある人たちをスクリーニングする事が重要になるのだが、悲嘆の分野の研究はまだそれほど進んでおらず、これこそといったスクリーニングツールがない。

Jordan, Niemeyer、(2003)は、ハイリスク要因として下記のことをあげている。

  • 配偶者を亡くした男性、特に高齢で、世間との付き合いもなく、社会的に孤立している人
  • 子供を亡くした母親
  • 突然の死、或いは悲惨な死(自殺、テロ、戦争、殺人、事故死等)
  • 鬱病等の精神障害、薬物依存、PTSD
  • 自分に自信がなく、自分で物事をやる能力が低く、故人にべったり依存していた人
  • 虐待やトラウマの経験がある人
  • 極度の抑うつ、不安、Rumination symptoms
  • Diagnostic Criteria for Complicated Griefの基準に当てはまる人

ビクトリア州では政府の資金で、グリーフエデュケイションセンターを始めとする4つのサービス機関を設け、教育啓蒙活動、カウンセラーの養成、個別或いはグループでのカウンセリング等を行っている。子供を対象にしたプログラムも多い。

その他、ヘルスケアサービス機関、緩和ケアサービス、地元の教会、葬儀社、電話相談サービス、プライベイトのカウンセラー等々、様々なサービスがあるが、都会に住むものには容易にアクセスできても、田舎に住む人には難しいとか、問題は多い。

政府の方針としては、専門家による治療的介入は、ハイリスクにある人にターゲットを絞って提供する。ノーマルな喪失、悲嘆の範囲内にある人には、その人の家族、友人、職場等のサポートが得られるように、一般社会への教育啓蒙活動を充実する。ヘルスケアワーカーへの喪失、悲嘆に関する教育を充実しする。このような傾向で動いている。無制限に財源があるわけではないから、いかに限られた財源で、州民に公平な、効果的なサービスを提供するかが必要という事だろう。

この記事はビクトリア州政府による下記のレポートを参考、引用したものです。
Review of Specific Grief and Bereavement Services
http://health.vic.gov.au/palliativecare/finalrep_grief.pdf

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ホステル、ナーシングホームに入るのにいくらかかる?

英国ホスピスコラム行き場の無い患者さんという記事があり、ホスピスに入院している患者さんで、症状が安定して退院できる状態なのに、家族は引き取らない、ナーシングホームへの転院を紹介すると、お金がかかるものだから拒否し、結局その患者さんは行き場が無い話が紹介されていた。

イギリスもオーストラリアもホスピス、或いは緩和ケアユニットは、2週間を目処とした短期の入院施設、症状のコントロール、レスパイトケア、ターミナルケアで入院し、症状が安定すれば退院、レスパイとの期間が終われば退院、或いは死亡退院という事になる。長期の療養施設ではない。

私の勤務するユニットでも、イギリスでの様なケースがしょっちゅうある。緩和ケアユニットに入院中は自己負担一切無い。症状が安定して、もうユニットに入院する必要はなくなっても、家族がもうこれ以上は家でケアできないとかいう場合である。その場合は、長期療養型の施設に移ってもらう事になる。それに対して、患者さん、家族からの抵抗があり、問題になることが多い。やはり、お金がかかるという事がかなり大きな原因になっているように思われる。

放浪医者日記米国のナーシングホームの費用について書かれていたが、アメリカほどではないにしても、オーストラリアもこうした施設に入るにはお金がかかるようになってきた。

かつては、入所金も無く、年金の85%を支払えば、それだけでホステルで、或いはナーシングホームで余生を送る事ができた。

でも、人口の高齢化に伴い、これでは国の財政がパンクすると、ナーシングホームやホステルのベッド数を政府が管理し、入所も高齢者ケアアセスメントチーム(Aged Care Assessment Team-ACAT)によってアセスメントの基準に達したものだけが入れるようにし、在宅ケア(Home and Community Care Program-HACC)をすすめ、可能な限りは在宅でという政策を推し進めてきた。

オーストラリアの長期療養型の施設には、ナーシングホーム(24時間看護を必要とする人のための施設)と、ホステル(多少の援助があれば自立した生活ができる人のための施設)がある。

65歳以上で高齢者年金受給者の一日の料金は約29ドル、高齢者年金は2週間で約490ドルだから、その85%を支払う事になる。

だったら悪くないじゃないと思うかもしれないが、これ以外に、入所時に支払うボンド(Accommodation Bond)がある。これはその人の資産の査定をして、それに応じて課せられるものである。お金があればあるほど高額のBondを払わなければならない。根こそぎ財産を持っていかれるような感じだが、33,000ドルだけは残して、それ以上の財産に対してBondを請求される。これは、取られっぱなしでは無く、そこを退所したり、死亡した場合、何年そこに入所していたかによって、規定の額を差し引かれ、残りが払い戻しされる。

例えばA氏がホステルに入る事になった。
A氏は持ち家がああり、そこには奥さんが住んでいる。
奥さんはここに長く住んでいるので、この家は資産査定の対象に入らない。
しかし、株とか貯金とかで80,000ドルある。
これは夫婦の資産なので二人で分けると、Aさんの資産は40,000ドルとなる。
従って、Aさんは40,000ドルから33,000ドルを引いた差額の7000ドルをボンドとして支払う事になる。
Aさんは、3年後に、そこを出た。
そこのホステルの一年間についての差し引き額(Retention amount)は、1,530ドルだったので、3年間分の4590ドルが差し引かれ、Aさんには2410ドルが払い戻しされる。

立派なお家があり、一人暮らしで家も資産査定の対象になると、ボンドは莫大な額になる。家は立派でも、貯金が無ければ家を売ってボンドを支払うお金を作るとか、或いは家を担保にお金を借りてボンドを支払う。

親の遺産を当てにしている子供たちにはショックな話である。死後はお金が戻ってくるのだけれども…。それが嫌で、親の家に移り住んでという手段もあるが、この場合はその子供なり、一家が収入が無く、政府からの援助に頼っており、なおかつそこに5年以上住んでいることが条件になる。或いは、入所の前に、ケアのために移り住んでいる人が収入が無く、政府からの援助で生活しており、そこに過去2年以上住んでいる場合も家は資産査定の対象からはずされる。

高額のボンドを払った人は、ホステル、ナーシングホームの一日の料金も割高になる。ボンドの額が、122,500ドル以上だった人、或いはお金があって高齢者年金の需給対象にならない人(Self Funded Retiree)、こういう人の一日の料金は35.69ドルとなる。

持ち家も無い、資産もない、こういう人はボンドを払う必要は無い。ケアの内容に差がつけられるわけでもない。

老後のためにせっせと働いて貯金をして、そんな人は割の悪い対応を受けるシステム…、アリさんよりは、キリギリスでいた方がこの国では楽なようだ!

しかし、全てのキリギリスが遊びほうけていたわけではないし、全てのアリさんが勤勉だったからお金があるわけでもないし、私みたいな真面目な中間層の庶民が一番不公平な目にあうのか…

こういう社会だからか、ナースの同僚の中にも、老後の事など考えず、海外旅行とかで飛び回ってる人もいる。そのくせ、今月の光熱費払うお金が無いとか…
そんなに心配しなくったって、この国では飢え死にする事は無いわよ、政府が面倒見てくれるって…だって
お気楽オージー、これだからこの国は今一なんだよと思いつつも、それがこの国のいいところでもあったり…

最後、すっかりテーマから外れてしまいました(笑)

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死、葬儀にまつわる文化の違い

私は緩和ケアユニットで働いているので、これまで多くの患者さんを看取ってきた。年間300人以上亡くなられるので、多いときには一日に5人の患者さんが亡くなられる事もある。

働いている場所がオ-ストラリア、非常に移民の多い国なので、当然患者さん、そしてその家族のバックグラウンドも様々となる。

人が亡くなるとき、亡くなった後、どうするのかは、その患者さん、家族のバックグラウンドによって随分違うので最初は戸惑った事も多い。

アジア系の人は仏教徒の人も多いが、日本の習慣とは随分違う。

死が近くなると家族、親戚が集まって、ろうそくをつけて、延々とお経を唱える家族がいる。スプリンクラーが作動するといけないので、煙の出ないろうそくをつけてもらうことにしている。

最近は殆どの方が、iPodみたいな小さなプレーヤーをつけて絶えずお経が聞こえているようにしている家族が多い。

患者さんの意識もまだはっきりしていてもこれはするので、縁起が悪いなんて考えはないようだ。

言葉もわからないし、抑揚も日本のお経とは違ってやさしい、素朴な歌のように聞こえて、私は結構安らかな気持ちになる。

クリスチャンでカトリックの方の中には、死がいよいよ近づいたときに、Annointing(病者への塗油)とか、Last rites(終油の儀式)とかを行うことが重要な人もいる。

ローマンカトリック、ギリシャ正教会の信者の方が特にこのことを重要視するようだ。

最後までわずかに意識の残っている患者さんもいるので、家族が、儀式は死の前にしなければいけないけれども、本人が意識がある間は神父さんを呼ばないでくれ、などという難しい注文を出して困る事もある。

痛み、不穏等でBreakthroughを投与するのとタイミングを合わせて、本人が薬でうとうとしている間に神父さんに来てもらうなんてことをしたこともある。

ギリシャ系、イタリア系の人は、誰かが死が近いと、親族縁者がどっと押しかけてくる事が多い。

彼らにしてみればこれは社会的しきたりであり、礼儀であり、Needs to be seen、という事でやってくるのだけれど。

狭い病室にぎっしり入って、じっと座って患者さんの死を待っていることもあれば、関係のないおしゃべりに興じている事もある。

患者さん、家族がこのことを望んでいるのなら私たちは何も言わないが、落ち着いていた患者さんが不穏になったり、オーストラリアに住んで2世代、3世代の家族にとっては、ちょっと迷惑なのだけれども、そういう慣習なのでむげに断る事もできず、困っているという事が多い。

こういうときは、ナースが悪者になって、言葉に気を使いながら、患者さんの安楽のために、面会は一人五分で帰ってもらうとか、家族以外は一回に二人以上は入らないとかいうルールを設けて患者さんと家族をサポートする。

患者さんが亡くなったとき、イタリア系、ギリシャ系の方は、感情をありのままに表現する事が文化として許容されている。

あくまでも一般論で個々人により大きな差があるが。

中にはユニット中に響くような声で泣き叫んだり、ところかまわず床に突っ伏して号泣する人もいる。

こういう文化だからと思うものの、それを聞く他の患者さん、家族の動揺振りを思うと、ついおろおろしてしまう。

日本では馴染みのなかったイスラム教の信者の人も多い。

家族によって差はあるが、亡くなった後は、一切触れてはいけないという事が多い。

持続皮下注の針を抜いたり、カテーテルを抜いたりだけは、事前に許可をもらってするが、後は、触れない。

イスラム教では、そのコミュニティーの人で、遺体を拭き清める人がいてその人たちが行う事になっている。

遺体は速やかに埋葬する決まりになっているので、死亡診断書等の書類をすぐに整えておく必要がある。

私の勤めるユニットでは、遺体は通常、葬儀社が直接やってきて、ストレッチャーで寝台車に運び込むのだが、イスラム教の方の場合は、プラスティックの棺おけを持ってきて、何人かの男性でその中に遺体を移し、担いでいく。

最初見たときはびっくりしてしまった。

日本では、誰かが亡くなれば、まずは家につれて帰ってあげて、お通夜をしてという順番になるが、オーストラリアでは、遺体を家につれて帰るということはしない。

葬儀社が遺体を引き取りに来て、そこで葬儀の日まで安置され、日本で言うエンゼルケアとか、エンバーミングとか施され、葬儀当日、希望があればお棺を開けて顔を見ることができるという事になる。

日本的な感覚では、淋しいなと思う。遺体に触れたり、話しかけたり、お線香を絶やさずお通夜をしたりとか、死を現実のものとして受け入れるためにも役に立つのではないかと思うが…。

ユニットでは、患者さんが亡くなると、家族にゆっくりお別れをしてもらうようにしている。時間は一切制限しない。

死が確実にくるものとわかっていても、いざ亡くなると家族のショックは大きく、動転する。

様子を見ながら、押し付けがましくなく、サポートをしていく。長い時間のカウンセリングが必要な家族もいる。葬儀社を決めていないので、それを選ぶための情報を必要とする家族もいる。小さな子供も来ている事が多いので、その子たちが大丈夫か気を配る必要もある。

患者さんが亡くなってナースのケアは終わりにならない。現在、ある大学で、緩和ケアで患者さんが亡くなった後、ナースがどれぐらいの時間をどの様なケアに費やしているのかのリサーチが行われていて、うちのユニットでも協力している。

政府からの財源は、患者さんが亡くなった時間が退院の時間としてしか資金の計算をしてくれない。このリサーチの結果で、ナースがいかに死後も家族のケアに関わっているかが明らかになれば、少しは資金も増えるかもしれない。(希望的観測)

オーストラリアの葬儀社(Funeral Director)は、テレビでもコマーシャルがしょっちゅう流れている。

亡くなった後、葬儀社の選択とか、費用とかで家族に心配をかけないために、生前に葬儀の手配をしておきましょうというものも多い。

このPrearranged Funeralは、最近、患者さんの中にもしている人が多い。確かに、動転しているときに、葬儀社選びとか、その費用の心配とかをする必要もないので、なかなかいいシステムかもと思う。細かい事で家族の希望があれば、それは相談して入れられるのだから。

それから、こちらの葬儀社の中には、死別後の悲嘆のサポートを提供しているところもある。優れたパンフレットもたくさん作られていて、無料で提供されている。グリーフカウンセラーによるカウンセリングのサービスを提供しているところもある。これは、日本の葬儀社も是非取り入れられたらいいのにと思うことの一つだ。

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臨終のとき

夜爪を切ると親の死に目に会えないとかいう言葉があるぐらいで、日本人にとっては、親、もしくは他の家族の臨終に立ち会うことは大事と思われている。

オーストラリアに来て、緩和ケアで働いて、必ずしも誰もが臨終の場にいたいわけではないのだということを学んだ。

だから患者さんの様態が悪くて、夜中に死亡するかもしれないような時、連絡して欲しいかどうかを必ず聞くことにしている。

家族によっては、10時以降だったらもう電話しないで、葬儀社も決めてあるのでそちらに遺体を引き取ってもらって結構、翌朝連絡してもらえれば私物を取りに行きますと…。

別にこの家族が冷たい家族であるというわけではない。アングロサクソン系、或いは移民の一家だけれでもオーストラリアに長く住んで、こちらの生き方、物の考え方になじんでいるという人々にこのような反応が多いような気がする。一番大きな理由は、生きているときの顔を自分の記憶の中の最後の顔として残したいから…というものが多い。

とはいえ、最後に立ち会うことが重要と考える人のほうが圧倒的に多いことも事実、最後が近づくと泊り込む人もいる。多くの人は、変化があれば知らせてくださいという事で帰ることが多い。

前に記事で書いたKさんみたいに、何かが見える能力があれば、家族をいつ呼ぶかのタイミングの判断が絶妙にできるだろうにと思うけれども…、私たちは全身状態の観察によって、変化をキャッチして家族に連絡をする。

死に目に会えなかったという事がないように、私たちは大丈夫かもしれないけれども、でももう近いかもしれないというような時には、家族に連絡をする。確実な予測は誰にもできない事を断って…。

でも、夜中に駆けつけたけれども、又持ち直して、こんな事が何日も続いて家族も疲れ果てたケースも多々あった。こんな時、特に、夜勤をしている時、夜中の2時3時に状態に変化が起きた、家族を呼ぼうか、でも呼んで又前の晩みたいだと…、どうしようか…、迷う事が多い。このときの判断の決め手は、ナースとしての知識と経験、それにGut feeling,第六感とでも言うものに頼る事が多い。

それから家族の心の状態、今日か今日かと思いながら不安な時を過ごす中で、家族も心の準備がすっかりでき、早く安らかになって欲しい、意識のない今、死に目に会う事が絶対的に大事な事ではないのだという境地に達している家族であれば、ぎりぎりまで様子を見ることができる。

私は死が直前に迫っている場合の死期の予測であまり外れた事はない。一般的に経験の深いナースはあまり外れない。医師はどうかというと、結構外れる事が多い。前のホスピスで、死期の近い患者さんの死の時期をどう予測するか、医師とナースで調べてみた事があったが、医師は長すぎたり、短すぎたりでナースの方がはるかに正確だった。身体に触ってケアをしながらじっと観察をしている私たちナースは、なかなか言葉にはできないけれども、頭の中のコンピューターが確率計算をしているのだろうと思う。その結果がGut feelingかなと思う。

今後、どうして自分は、近いと思ったのか、その根拠となった観察事項、感じた事を記録してみるのもいいかもしれないな。より正確な予測のデータになるかもしれない。

私たちはいつも家族に、例え意識がなくても、聴覚や触感は最後まで残るといわれているから、話しかけたり、手を握ったりしてあげてくださいと説明する。

だから私も、意識のない患者さんに、
今家族を呼びましたからね。
30分位で来ますからね。
最後にもう一度会いたかったら待ってあげてくださいね。
その前に逝きたかったらそれでもいいですよ。
私がここにいますからね。
…とか、声をかけることにしている。

人が死の時を選ぶ事ができるものかどうかはわからない。
遠いところから家族がやってくるのを待ちわびていて、間に合わないのではないかと思うような状況で1日2日と持ちこたえて、待っていた人が来た後、まるで安心したように亡くなる人がいる。
逆に、家族が絶えず詰めているような患者さんでも、ちょっと病室を出た時間をみはかっらていたかのように、その時間に亡くなる人もいる。
死に目に会えなかった家族には、そういうこともよくあるんだと話すことにしている。
多くの家族が、あの人はプライベートな人だったから、一人で静かに逝きたかったのだろうとか、あの人は私たちを苦しめたくないから、私たちの来る前に逝ったのだろうとか、それなりに解釈をして、自分で自分を納得させているように思われることが多い。

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死後の世界、信じますか?

今月は夜勤、先日、相棒のスタッフが病気でナースバンクからのナースと二人での夜勤となった。

彼女はおしゃべり好き、彼女の家族構成やら、お母さんの病気の状況やら、お母さんをめぐる家族の人間関係やら、最初の30分ぐらいで全部わかってしまった!

その彼女、Kさんが、実は自分はとてもSensitiveなのだ、見えるのだといい始めた。SpiritとかGhostとかが見えてしまうのだと…
私があからさまに、あなた気が変じゃないのというような対応をしなかったので、彼女はぽつぽつ話し始めた。

変なものが見え始めたのはわりに最近の事、休憩でちょっと目を閉じると、様々な色の光とかが見えてきて、目がおかしくなったのかと思ったけど、検査しても異常はなかった。そのうちに、顔とか姿が見えてくるようになった。目を開けていても、妙なものが見えてくるようになった。怖くて、気持ちが悪くて、そんな時に同じような体験を持つ人たちのグループと知り合い、自分の身を守る方法を教えてもらって少し気が楽になったと…

?????と思いながら色々聞いてみた。
幽霊だのスピリットだのって、ここは緩和ケアユニットでたくさんの人が亡くなってるから、あなたにはぞろぞろ見えるってこと?

あちらのコーナーと、あそこの部屋のあたりと、それからあっちと、何かの色の光が見えるという。それはGhostで、彼女によると幽霊(Ghost)というのは、その人間が持っていたエネルギーの残像のようなもので、何かの光のように見えるという。
スピリットは、死んだのに、突然死で自分が死んだ事を自覚していないとか、後悔が多くて死を認められないとか、心残りが多すぎるとか、その他もろもろの理由で死者の世界に行けないで、そのあたりをうろうろしている、スピリットが見える人間に寄ってくるのだと…

(まるで映画Ghostとかシックス.センスじゃない…)

スピリットに助けを求められたら何かしてあげられるのかと聞いたら、一度亡くなった患者さんのスピリットが自分についてくるので、ここはあなたのいるところじゃないと言い聞かせて、それから自分の守護天使にこの人をこの人が行くべき世界に連れて行ってあげてとお願いしたら、それでいなくなったと…

それじゃ、誰かが亡くなりそうだとかもわかるのかと聞くと、大体はわかるという。
一度、休憩中に、死期の近い患者さんが(スピリットが)自分の目の前に寄ってきて、自分はあなたが休憩が終わって帰ってくる前に逝ってるから、**してくれてありがとうといわれた事がある。休憩を早めに切り上げて病室に戻ってみたら、その患者さんはもう亡くなっていたと…

前に別の病棟で勤務中、ある患者さんの輸液ポンプ、、経管栄養のポンプ、人工呼吸器とか、ありとあらゆる機械が、特に問題もないのにいっせいにアラームがなる事が何度もあって、彼女が行ってみると、何時間か前にそのベッドで亡くなった患者さんのスピリットが見えたと…

(空き部屋のナースコールが鳴るってたまにあるよなあ。何か説明のつく理由があるのだろうと私は思っててるけど…)

暇な夜だったので、Kさんに、ちょっと休憩してきたらという事になり、彼女はラウンジの暖炉の前のソファで足を伸ばして休憩する事になった。その彼女、一時間もたたないうちに戻ってきた。嫌に寒がって、毛布にすっぽり包まっている。おしゃべりも疲れたのか、ちょっと静かになった。

交代で私も休憩に行って戻ってきた明け方、彼女が、実は暖炉の前で座っていたら、老齢のやせた女性が寄ってきて、”そこは私の椅子よ”と言ったので、怖くなって戻ってきたのだという。誰か思い当たるか聞かれたが、該当する亡くなった患者さんでそんな人はいっぱいいるし、あの椅子がお気に入りだった人もいっぱいいるし…

私が休憩中にも、それは私の椅子よって言ってたのかもとか、だんだん薄気味悪くなってきて、時分の身を守るにはどうするのか聞くと、地面にしっかり足をつけて、毛布なり、コートなりに包まって、自分の守護天使に守ってくれるようお願いするのだという。誰にも守護天使はいるからと…

勤務の最初には暑いと半袖でいたのに、足元のストーブを最大にするといつの間にか彼女が弱にしてたのに、休憩後は、ジャケット着て、毛布かぶって、ストーブ最大にしてたのはそれで!

夜勤もあと少し、もうすぐ夜明け、でもまだ暗い、ちょっと離れた所にあるスタッフ用のトイレに行くのがちょっと怖くて、(彼女が怖がって行かなかったので)、熟睡中の猫のレオを無理矢理起こして抱っこして一緒にトイレに行ってもらった!
馬鹿らしいと思いながらも、“ここはあなたたちのいる所じゃないのよ、私は感じないし、見えないし、聞こえないし、ついて来ても無駄よ、ねえレオ”なんて猫と話しながら…(笑)

死後の世界があるのかないのか、あるとすればどんなものか、誰もわからないけれども、死んでしまえばさっさと、そのあるかないかわからない世界に行けると思ってたけど、この世とあの世の境目でうろうろする可能性も無きにしも非ず?
となると、自分が死ぬ時が来たら、いい事もありました、辛い事もありました、後悔する事もありました、でもこれが私の人生でこれでよかったんですと思って死ねたらいいなと思っている。
そしたら、あの世とこの世の狭間にトラップされる事もないだろうし!

患者さんに対してもきちんとケアを提供する事で、心身ともに安らかなに死を迎えられたなら、さまよう事も無くなるのかな?

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