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2007年12月

ビクトリア州で9日間のナースのストライキ

少し遅くなりましたが、ビクトリア州で9日間にわたって戦われたナースのストライキについて報告します。

オーストラリアのナースのユニオン、ANF (Australian Nursing Federation)のビクトリア支部はナースの給与の改善、安全なケアの提供できるような労働条件の改善を求めて10月17日から25日までの9日間にわたってストライキを行いました。

ストライキに至るまでには、6ヶ月にわたって政府と交渉を続けてきましたが、何の誠意ある回答も得られず、この結果となったものです。

ビクトリア州のナースは、オーストラリアの中で最も低い給与で働いています。政府の出した賃上げの利率では、他州に追いつくどころか、ますます差がついていく、ナースの不足している中、他州と同等のレベルの給与になるようにと求めていました。

ビクトリア州は、前の記事ナース対患者の割合で紹介したように、患者の人数に応じての最低限のナースの数を下記のように規定しています。
日勤(0700-1530) 患者4人に1人のナース+師長もしくは代行
午後(1300-2130) 患者5人に1人のナース+師長もしくは代行
夜勤(2100-0730) 患者8人に1人のナース

ところがビクトリア州政府は、この割合を、なし崩しにしようと各病院状況に応じて定員以下で勤務させるようにと指導を入れてきています。

ナースの長い戦いの中でやっと勝ち取ったこの割合、オーストラリアの中でビクトリア州だけがこの基準を持っています。患者にとって安全なケアを提供するためにこの割合は崩せない、救急や周産期部門等、もっとナースの割合を高めるべきだ、又、高齢者ケア、緩和ケア、地方の小病院等のナースの数をもっと増やして欲しいとANFは要求を掲げていました。

ストライキは、

  1. 急性期病院の4ベッドにつき1ベッドを閉鎖する
  2. 手術の4件につき1件を減らす
  3. 在宅ケア、精神化ケア、高齢者施設のケアについて特定の行為を行わない

緩和ケアユニットはこの対象からはずされていたので、私たちは直接参加することはありませんでした。

ビクトリア州政府は(労働党政権なのに)、ストライキを行ったらナースの給与をカット、その上に莫大な罰金も払わなければいけないと脅し、病院によっては、管理者がユニオンのメンバーに嫌がらせをするなどの圧力をかけてきましたが、10月25日、ついに政府はANFの要求をほぼ受け入れ、ストライキは終わりました。賃金カットされて仲間へのカンパの相談もしていたのですが、それも政府のほうからでる事になり、罰金も無く、ほっと一息

賃上げは10月からの予定でしたが、事務手続きに時間がかかっており、来年になる予定、ちゃんと遡って支払ってくれるので心配はしていませんが、やっぱり直接手元に入らないと実感がわきません。

他州との差はすぐに埋まるわけではないでしょうが、多少は追いつき始めることになると思います。現在の給与では、もし私がお隣の州のシドニーに働きに行けば、年間の給与が日本円にして80万円ぐらい違うのですから、今回の賃上げで、別の州に行こうかと思っていたナース、働き口を探している外国からのナースや新卒のナース等を多少はこの州に引き止める効果があるかもしれません。

緩和ケアのナースの増員もまだ現在は従来の基準のままでやっていますが、事務手続き終了後はもう少しゆとりができる配置になれるかと期待しています。

日本からこちらの病院の見学に来られるナースの方たちは例外なくこちらの労働条件の良さを日本のそれと比べて羨ましがられますが、こちらのナースは、黙っていても何もよくならない、労働条件の改善はケアの内容の向上に密接に結びついているんだと、一つ一つ戦い取ってきたものです。

私がオーストラリアに来る前、1986年には、ビクトリア州で50日間にわたるナースのストライキがありました。この結果、下記のようなことを実現する事ができました。

  1. 看護教育を大学教育に一本化する
  2. 看護の業務から看護以外の雑用をなくし、クリーナー、病棟クラーク、配膳係り等それぞれ必要な人材を雇い入れる
  3. 患者対ナースの割合の適切化
  4. ナースの給与の改善

忙しく、残業の連続で疲れ果てている日本のナース、日本人ナースの方のお話を聞くたびに、ナースの労働条件とケアの内容が以下に密接に結びついているかを痛感します。

日本では医療崩壊が叫ばれていますが、オーストラリアも例外ではありません。より少ないお金でより多くのサービスを提供するようにというプレッシャーの動向はこれからも変わることは無いように感じます。

オーストラリアはこの度、11年ぶりに政権が交代し、労働党政権となりました。ヘルスケアシステムの改善はラッド内閣の優先事項の一つでもありますから、ちょっとでもよい方向に向けて動いていく絶好の機会となればと思っています。

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