緩和ケア

緩和ケアの未来

忙しくて何と二ヶ月近くBlogをサボっていました。更新も無いのにBlogを訪れてくださった皆様、ありがとうございました。ぼちぼちとではありますが,更新再開します。

緩和ケアオーストラリアの学会ですが、非常にたくさんの刺激を受けて帰ってきました。自分のユニットだけで日常の仕事に埋没して過ごしていてはいけないなと強く感じました。

緩和ケアオーストラリアのプレジデント、モナシュ大学の緩和ケア教授、そして今大会の議長であったマーガレット オコナー教授のスピーチがとても印象に残りました。

彼女は緩和ケアの未来という事についての話で、私たち緩和ケアスペシャリストの仕事は、将来緩和ケアスペシャリストという仕事をなくすることだと、自分たちの仕事をなくすことだと語りました。

つまり、どんなに医学が進歩しても人は必ずいつかは死ぬ、死は避けられないけれども、苦痛な症状を徹底的に緩和し、全人的なアプローチでその人らしい尊厳を保った死が迎えられるように援助する、家族、友人に必要なサポートを提供するというのは、どの分野で働いているかに関わらず、ヘルスケアプロフェッショナルが学んでいくべきものです。

緩和ケアの思想、知識が普及し、がん病棟であれ、老人ホームであれ、在宅ケアであれ、あらゆる分野のヘルスケアプロフェッショナルが、死を生命の自然な過程として認め、必要なケアをそれぞれの場で提供できるようになれば、所謂緩和ケアスペシャリストというものは要らなくなる、そういう状況が、自分が失業する事が理想だと彼女は語りました。

マーガレットは、私が日本人ヘルスケアプロフェッショナルのための研修プロプラムのコーディネイトをしていた時、同じ施設で在宅ケアの所長として働いており、在宅緩和ケアについてのいつもいつもレクチャーの依頼をしていましたが、いつも快く引き受けてくれました。レクチャーの通訳をしながら、私自身、多くのことを学ばせていただきました。そのときにも、マーガレットは、緩和ケアスペシャリストナースなんていうものが要らない時代がきたら私はとてもハッピーだと言っていました。

あれから10年以上の歳月が経ちましたが、彼女はあの広大な理想を揺るぎなくみつめ続け、歩き続けて、今やオーストラリアの緩和ケアのリーダーになったんだなと感慨深い思いがしました。

実際、オーストラリアの緩和ケアは、少しずつではありますが、マーガレットの理想とする方向に向いて動いているように思います。

多くの人の最後の時を迎える場所であるナーシングホーム、そこでの個々の希望をを尊重した、尊厳ある死を迎えられるようなケアのアプローチのプロジェクトが進んでいます。

ホスピスムーブメントの産みの親ともいえるシスリー ソーンダース女史も、同じような事を著書の中で述べています。

現代医学は進歩し、医療者は患者の死をまるで自分たちの失敗のように感じ、どう対応していいのかわからず避けて通っている、現在のヘルスケアシステムの中に緩和ケアを導入する事は難しいので、主流から外れてホスピスを始めるけれども、いずれは、医療の主流の中に当たり前のものとして緩和ケアが存在するようになるのが理想だと、一昔前に読んだ著書ですが、確かそのような事が書かれてあったと思います。

私の働いている緩和ケアユニットには、在宅から以外にも、急性期病院の病棟から、或いはナーシングホームから緩和ケアのために移ってくる方がたくさんいらっしゃいます。

ここのユニットはいいわ、スタッフはとても暖かいし、色々気配りをしてくれるし、痛みはとってくれるし…

そう言われると嬉しいけれども、反面、どうして前の病棟では、こんな基本的なことができてなかったのだろうか、と考えてしまう事があります。特にナーシングホームや、透析を中止する事を決断して透析ユニットから移ってきた患者さんたち、長年の人間関係ができている場所で適切な緩和ケアが受けられれば最高なのにと…

取り敢えずは、残念ながら私が失業する事はなさそうですが、後20年、30年経ったときの緩和ケアがどのような状況になっているのか、楽しみです。

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オーストラリア緩和ケア学会スタート

今日から4日間、第9回オーストラリア緩和ケア学会が開催されます。地元のメルボルンなので、学会休暇(年に5日間、学会や勉強会の参加のために取れる有給の休暇)を取って参加します。本格的なスタートは明日からですが、今日は、登録や歓迎レセプション等、日本から参加されている方もいらっしゃるようです。

連日びっしりのスケジュールですが、時間があれば内容の報告をBlogに載せられたらと思っています。

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学会の開催されるメルボルンコンベンションセンター、ヤラ川沿いに建っています。

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メルボルンの電車の主要駅であるフリンダースステーション

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喪失、悲嘆、死別のサポート

大切な人を死によって失った者の悲しみは深い。

リサーチによると、身近な人の死別を体験した人は、そうでない人に比べて、医師にかかる回数が多く、より多く薬を必要とし、病院に入院する事も多いそうだ。(Stroebe、Hansson, Stroebe, & Schut., 1999)

ビクトリア州で毎年約3万2千人が死亡する。一人の死が大体10人の人に影響を与える。つまり、32万人のビクトリア州民が何らかの影響を受けるという事になる。州民の健康を維持、向上させると言う観点からも、適切な喪失、悲嘆、死別のサポートが必要という事になる。

しかし、死別を体験した人が、皆、カウンセリング等の専門的介入が必要かというとそうではない。

圧倒的多数の人は、家族、友人、コミュニティー等のサポートで、喪失、悲嘆、喪のプロセスをたどっていく事ができる。

喪失、悲嘆は病気ではない。喪失、悲嘆を病的なものとして扱うのではなく、ノーマライゼイションが必要である。但し、個人個人によって、文化によって、その過程は異なり、これが正しいやり方、間違ったやり方というものがあるわけではない。その事を家庭で、学校で、職場で、、コミュニティーで理解し、受け止めてサポートしていく事が重要であるといわれている。

しかし、5~10%位の人達は、複雑、病的な喪失、悲嘆のリスクにあるといわれている。ヘルスケアプロフェッショナルに取っては、ハイリスクにある人たちをスクリーニングする事が重要になるのだが、悲嘆の分野の研究はまだそれほど進んでおらず、これこそといったスクリーニングツールがない。

Jordan, Niemeyer、(2003)は、ハイリスク要因として下記のことをあげている。

  • 配偶者を亡くした男性、特に高齢で、世間との付き合いもなく、社会的に孤立している人
  • 子供を亡くした母親
  • 突然の死、或いは悲惨な死(自殺、テロ、戦争、殺人、事故死等)
  • 鬱病等の精神障害、薬物依存、PTSD
  • 自分に自信がなく、自分で物事をやる能力が低く、故人にべったり依存していた人
  • 虐待やトラウマの経験がある人
  • 極度の抑うつ、不安、Rumination symptoms
  • Diagnostic Criteria for Complicated Griefの基準に当てはまる人

ビクトリア州では政府の資金で、グリーフエデュケイションセンターを始めとする4つのサービス機関を設け、教育啓蒙活動、カウンセラーの養成、個別或いはグループでのカウンセリング等を行っている。子供を対象にしたプログラムも多い。

その他、ヘルスケアサービス機関、緩和ケアサービス、地元の教会、葬儀社、電話相談サービス、プライベイトのカウンセラー等々、様々なサービスがあるが、都会に住むものには容易にアクセスできても、田舎に住む人には難しいとか、問題は多い。

政府の方針としては、専門家による治療的介入は、ハイリスクにある人にターゲットを絞って提供する。ノーマルな喪失、悲嘆の範囲内にある人には、その人の家族、友人、職場等のサポートが得られるように、一般社会への教育啓蒙活動を充実する。ヘルスケアワーカーへの喪失、悲嘆に関する教育を充実しする。このような傾向で動いている。無制限に財源があるわけではないから、いかに限られた財源で、州民に公平な、効果的なサービスを提供するかが必要という事だろう。

この記事はビクトリア州政府による下記のレポートを参考、引用したものです。
Review of Specific Grief and Bereavement Services
http://health.vic.gov.au/palliativecare/finalrep_grief.pdf

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子供のホスピス、Very Special Kids 2

Very Special Kidsについてもう少し紹介したい。

ホームページによれば、ここのサービスは二組の家族によって始まった。白血病で死期の迫った子供を抱えた二組の家族、当時、こうした家族が得られるサポートは殆どなかった。二組の家族は互いを支えあい、他の家族に自分たちのような淋しい、孤立したような思いはさせたくないと話し合い、それがきっかけになった。この家族はSt Mark's Anglican Churchに訴え、これに応えて1万ドルの寄付金がよせられこれが最初の基金となった。

1985年に正式に活動を始めたが、それに貢献したのがSister Margaret Noonである。彼女は、修道女で、南米に滞在中、当時、始まったばかりのアメリカのホスピスとかも訪れている。オーストラリアに帰り、先の家族に会い、当時メルボルンにあったホスピス等をも訪れたが、重篤な病気を持った子供の家族をサポートするには、環境も、サービスも充分とはいえなかった。

新しいサービスプログラムを立ち上げるため、最初は文字通り、一つの机と椅子、電話が一台、本当にそれだけだったという。寄付金を集め、スタッフを集め、家族をサポートするボランティアの養成を始めた。

私は、実は、Very Special Kidsには特別な思い入れがある。私は、現在の職場に来る前は別のホスピスで、日本人ヘルスケアプロフェッショナルのための緩和ケア研修プログラムのコーディネイターとして働いていた。自分のホスピスだけではなく、メルボルンにおける緩和ケアサービスがどの様に機能しているのか広く見て欲しいと考え、急性期病院の緩和ケアチーム、在宅サービス、高齢者ケア施設、死別後のサポートの専門機関、がんのサポート体制、行政etc、様々なところの訪問をプログラムに組み込んだ。

Very Special Kidsもそうしたプログラムで訪れた。Sr Noonは快く研修生を受け入れてくれ、活動の内容について話してくれた。そして、いつか、子供たちをレスパイトケアや必要なら終末期のケアで受け入れられる施設も作りたいと夢を語ってくれた。そして、何回目かの訪問の時、建物のある敷地の一角にブルドーザーが入って、土地をならしている。

"いよいよ、始まったのよ。子供たちを預かれるホスピスがここに建つのよ。”と、シスターは嬉しそうに語ってくれた。“お金は集まったんですか?”と聞いてしまった私に、シスターは
“いいえ、まだ見通しは立ってないわ。でも、私たちは価値のある仕事をしている。そのためにお金がいる。自分たちはできる限りのことはしている。だから、後は神様がちゃんとケアしてくれると信じている。”と…

信仰というものはすごいものだと圧倒される思いがした。少しでも足しになるようにと、研修費を払ってこのプログラムへの訪問を続け、研修生と一緒に寄付金集めの売店でいっぱい買い物をした。

その後、Tattarsallという、日本で言う宝くじを売っている会社が500万ドル(約5億ドル)の寄付をしてくれる事になった。土地はビクトリア州政府が無償で貸してくれることになった。

1996年、オーストラリアの最初の子供のホスピスがオープンした。

Sister Noonは現在は、リタイヤーしてもういない。ホームページを見ると、彼女の名前は殆ど載っていない。Very Special Kidsを実質、立ち上げ、精力的に動き回り、ホスピス建設のために世界中を回って理想の形を追求し、ホスピスも建て、子供たちに慕われてきたSr Noon,すべてが軌道に乗ったところであっさりと退く。すごい人だなあと改めて思う。

Sr_noon

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子供のホスピス、Very Special Kids

メルボルンにはVery Special Kidsという子供のためのホスピスプログラムがある。

これは1984年に創立された。

私がわざわざプログラムといったのは、子供のホスピスという建物があって、そこでサービスが提供されているという狭義の解釈を避けるためである。

Very Special Kidsは、生命の限られた子供たち、末期の子供たちを抱える家族をサポートするプログラムである。

子供たちの疾患は各種神経変性疾患、遺伝性疾患、癌等々、私が訪問していた頃は膵嚢胞線維症の子供が多かった。予後は様々だが、良くても成人に達するまでは生きられない子供たちである。病院を出たり入ったりが日常の子供たちである。

Very Special Kidsはこうした家族に様々なサポートを提供している。

ボランティアによるサポート

ここのしっかりとしたファミリーサポートの訓練を受けたボランティアはVery Special Kidsの核となる活動をしている。現在、750家族のサポートをしているとホームページでは紹介されている。

病気の子供を抱えた家族は片時も休まる暇がない。予後が限られた疾患ともなれば、その苦悩は計り知れない。ボランティアは家族を定期的に訪問し、ケアに当たる親の話し相手になったり、病気の子供の兄弟姉妹の遊び相手や話し相手になったり、しばらく病気の子供のそばについてあげる事で、ケアに当たるお母さん、或いはお父さんにひと時休憩をする時間を与えたり等、親はちょっとの間、子供の心配をせず買い物にいったり、ちょっと息抜きをしたりする時間を持つ事ができる。

病気の子供たちは入退院を繰り返している。ビクトリア州の子供の病気は殆どがロイヤルチルドレンホスピタル(Royal Children Hospital)で行われている。ボランティアは入院中の子供たちを訪問し、話し相手や遊び相手になる。或いは小さな兄弟姉妹を連れて子供に会いに来ている親をサポートするために、しばらくその子供たちを預かって遊び相手になってあげる。或いは親が医療スタッフと面談の間、子供を預かり、遊び相手になる。

お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟、妹のためのプログラム

命の限られた病気の子供を兄弟姉妹に持つ子供をサポートするプログラムである。予後の悪い子供を持つ親の心配はどうしても病気の子供に集中してしまう。それゆえに他の子供は様々な感情を体験するがそれは言ってはいけないことと我慢している事が多い。そうした兄弟姉妹のために、Very Special Kidsでは様々なプログラムを提供している。このプログラムは親からの提案によって始まったそうだ。

兄弟姉妹の日、死別を体験した兄弟姉妹の日、思春期の兄弟姉妹の日、思春期の兄弟姉妹のお泊りの日、死別を体験した思春期の子供の日、個別カウンセリング等々。

ソーシャルワーカー、心理療法士、ボランティアが一緒になって、治療的なフレームワークの中で、色々な楽しい活動を通じて子供たちが自分の気持ちを探ったり、表現したり、子供たち同士でのサポートを強め、孤立感を減らす事を目指している。

家族、親のためのイベント

ボランティアの訪問サポートに限らず、Very Special Kidsは様々な家族サポートプログラムを提供している。

家族のためのピクニック、キャンプ、お母さんのための集まり、お父さんのための集まり、親のための夕べ、或いは似たような疾患、状況の子供を抱える親のネットワーク作りの手伝い等々、勿論、こうした集まりに出れるためには病気の子供の面倒を見る人、他のの子供たちの面倒を見る人がいるわけで、プログラムはこうしたサポート込みで提供されている。

私の経験、或いは様々な研究報告が指摘するところによれば、男性は、女性よりも、辛い気持ちとか、negativeな気持ちを表現することが苦手の傾向がある。似たような状況にあるお父さん同士でリラックスした雰囲気の中で自分の気持ちを表現できればCopingに多いに役に立つだろうと思う。

死別後のサポート

親より先に子供が死ぬことほど悲しいことはない。Very Special Kidsは死別の悲嘆のサポートも提供している。個別のカウンセリング、子供の死別を体験した親の集まり、ネットワーク作りのサポート、ワークショップ、りトゥリート(Retreat)、兄弟姉妹のためのプログラム、メモリアルデイ、催しに参加できなかった家族のためのニュースレター、又、Very Special KidsのセンターにはThe Quiet Roomがあり、なくなった子供たちの名前と写真が飾られ、家族はいつでも訪れる、静かにそれぞれのやり方で時を過ごす事ができるようになっている。

ホリデーサポート

子供が病気であるということは、財政的な負担も大きい。オーストラリアのヘルスケアは公的病院が主体で、そこでの治療費は一切無料だが、実際には、子供が病気になったために、共働きの夫婦の一方が仕事をやめケアに当たる事で収入は減少、田舎に住んでいる人なら、子供が入院中自分も近くに泊まることでの宿泊費諸々で出費はかさむ。(マクドナルドハウスとかあるけれどもそれでも出費はかさむ。)自宅療養中の薬代は一部負担でこれも馬鹿にならない。一年に一回ぐらいは家族でどこかに出かけたいと思っても経済的に不可能ということが多い。Very Special Kidsでは、有志によって提供された無料や低料金のホリデーの宿泊先も利用できる。

ハウス

生命の限られた子供たちのレスパイとケア、或いは何らかの事情で在宅で死を迎えられない子供の終末期のケアを提供するための入院施設である。8ベッドある。

圧倒的多数は長期にわたる予後の悪い疾患を抱えた子供のレスパイトケアに使われている。レスパイトケアとは、看病に疲れた家族に休憩を取ってもらうために患児に一時入院してもらうサービスである。子供たちのケアは家で受けていたと同じケアを提供する事が基本である。勿論、何か変更がどうしても必要であれば家族と相談して変更するが…。学校に行ける子はここから学校に通う。レスパイトケアは入院期間が限られている。希望の集中する学校の休みの期間、週末、イースターやクリスマス、予約制で公平になるように気を使いながら受け入れている。入院期間もせいぜい2週間までである。この間、親は休憩が取れるし、他の子供に向き合う事もできる。他の子供をつれてホリデーに出かける事もできる。どうしても、病気の子供から距離的に離れているのがつらいという親には、隣に家族のための宿泊施設もある。Very Special Kidsはもと大金持ちのお屋敷だったところ、元馬小屋だったところを改造してしゃれたホテル並みの家族のための宿泊施設がある。キッチンもあるし、スパーバスもあるし、田舎から子供づれでやってきてここに泊まって、昼間はメルボルンのあちこちを子供と一緒に訪れて、立派なホリデー気分になれる。しかも、病気の子供はすぐ傍でちゃんとケアを受けて、色々楽しい思いをしているので罪悪感は少ない。

入院中の子供は、他の子供と遊んだり、様々なアクティビティティーがある。痛みやその他の症状がある子供の治療の一環としての光、音、感覚の刺激を楽しめる部屋とか、あるお父さんが描いてくれた人魚の絵が天井にあるバスルームとか、ボランティアが遊んでくれるし、病気の子供たちにとってもある意味でホリデーになっている。

Funding

ビクトリア州の子供の緩和ケアの部門でVery Special Kidsはこれだけ貴重なサービスを提供しているのに、何と政府は全面的な財源の援助をしていない。Very Special Kidsを運営していくためには、一年間に3400万ドル(3.4億円)かかる。政府はこのうちの20%を負担しているに過ぎない。ハウスの土地は政府の持ち物でこれは半永久リースになっているが、その他の諸々の政府の援助があっても少なくとも1300万ドル(約1.3億円)は寄付に頼らざるを得ない。Very Special Kidsの重要性を認める企業、有名人、個人は多く、今も何とか運営は続けられている。100%政府の資金で運営されている緩和ケア施設で働いている私からみれば、ある意味では、政府の資金を100%受けていないからこそ、理想的なケアを提供できるという面もある。政府が100%金を出せば、口も100%出す。何かと削られる事ばかり、難しいところである。

Very Special Kidsのサービスは利用者には無料で提供されている。

家族サポートの難しいボランティアはできないが、何らかの形で力にはなりたい、そういう人は多い。その人たちはFriends of Very Special Kidsと呼ばれ、資金集めをはじめ、様々なサポートを提供している。

Vry Special Kids Web site http://www.vsk.org.au/Home

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緩和ケアにおける栄養と水分その2

食べれない、飲めないという状態になった末期患者に脱水の治療のため輸液を行うことが、患者さんの症状の緩和、安楽の向上に役立つのか、或いはかえって苦痛をもたらすものになるのかどうか、はっきりとしたエビデンスがあるのかどうか?

従来、緩和ケアでは、末期の患者への輸液は効果がない、口渇感も緩和はできないし、逆に、水分貯留のための不快な症状を引き起こす事が多いといわれて、輸液はあまり行われていないのが普通である。



しかし、カナダのエドモントングループらの研究で、適切な輸液はせん妄の緩和に有効であるとの結果を報告したが、その後の同様の研究では輸液をしてもしなくても有意差は見られなかったとの報告もある。



日本は諸外国に比べて輸液を行う割合が圧倒的に高いようだが、そのせいか、この分野での研究もいくつも報告されている。
今日は、その中のいくつか、興味深いものを記事で紹介したい。



1)の研究は、マルチセンターで、腹部のがんの末期患者226名を対象に、死の前3週間に輸液を行ったグループとそうでないグループで9の症状について調査したものである。



結果は、口渇、せん妄関してはグループ間で有意差はみられなかった。輸液を行ったグループではMenbraneous dehydration signsは改善したが、抹消の浮腫、腹水、胸水は悪化した。1)の研究では、Secretionの増加は見られなかったが、2)の研究では、呼吸器のがん、感染、肺浮腫、脳転移、嚥下障害のある患者で、輸液によるSecretionの増加が見られた。



他の研究の報告もあわせて、現在のところのガイドラインとしては、臨床アセスメントをしっかりして、輸液を行う場合には、症状の悪化を招かないように厳重にモニターをするべきということだろうか。



私自身の臨床での経験から言えば、予後3週間ぐらいの患者さんだと、輸液を行わず、口腔のケアをしっかりしてというこちらのスタンダードのケアの方が患者さんの苦痛は少ないと思う。



palliativedrugs.comのサイトの掲示板で、Artificial hydrationで検索すると、世界中の緩和ケアのプラクチショナーの色々な意見、情報も見ることができる。




3)の研究は日本の医師の末期患者への輸液に対する考え方を調査したもの、全国の584人の医師を対象に、胃がんで予後一ヶ月ぐらいで腸閉塞により口から栄養、水分の取れない患者に対して、50%の医師は1日1000mlの輸液を行う、24%の医師は1日1500ml以上行うと答えている。肺がんでCachexiaのある患者に対しては、58%が1日、1000mlの輸液、26%が500mlの輸液との結果だった。



輸液を積極的に行うグループは、終末期のケアへの関わりが顕著に少なく、栄養と水分の供給は重要ととらえ、IV輸液が効果的な症状緩和の手段であり、最低限のスタンダードな治療と考えているという分析結果が報告されている。



1)Association between hydration volume and symptoms in terminally ill cancer patients with abdominal malignancies 
T. Morita、
I. Hyodo, T. Yoshimi, et al.

2)Incidence and underlying etiologies of bronchial secretion in terminally ill cancer patients: a multicenter, prospective, observational study.
Morita T, Hyodo I, Yoshimi T et al.


3)Attitudes of Japanese Physicians Toward Terminal Dehydration: A Nationwide Survey 
Tatsuya Morita, Yasuo Shima, Isamu Adachi for the Japan Palliative Oncology Study Group

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緩和ケアにおける栄養と水分

食と命は密接につながっている。
だから、患者さんが食べられなくなると、家族は、このままでは死んでしまうとパニックに近い反応を示す事が多い。

“点滴をしてください!”
“何とかして食べさせて!”
“病気のせいじゃなくて、飢え死にしてしまう!


中には、うつらうつらしている患者さんを無理矢理起こして、食べ物を口の中に押し込もうとする家族もいる。
嚥下機能が低下している患者さんに、無理矢理食べ物を口に押し込めば誤嚥して肺炎を起こす危険がある。

緩和ケアでは、食事と水分の補給に関して、とにかく辛抱強く、家族を教育していく事が何より大事な事になる。

食事が食べられなくなる、水分も取れなくなるというのは死に至る自然な過程だということ
食事は患者さんが食べたいと思うものを、食べたいと思うときに、食べたい量だけを
患者さんが楽しんで食べられるという事が一番大事なこと
水分は少しずつ頻繁にすすめるように
死が近くなったとき、身体はそれほど栄養を求めないし、飢餓感もないのだということ
無理に食べさせれば嘔気や嘔吐を引き起こしたり、誤嚥性肺炎を起こして反って患者さんを苦しめる事になるのだということ

オーストラリアでは病院食でも前日に自分の食べたいものをメニューから選ぶシステムになっている。
嚥下機能が低下している人には、やわらかいものや、すりつぶした状態の食事、飲みやすいようにとろみをつけたスープや飲み物を提供する。

患者さんの中には、頑固に、普通の形のある食事、一杯の熱いお茶が飲みたいのだという人もいる。
嚥下機能の専門家のSpeech pathologistが説明しても、リスクを承知した上で、一杯の熱いお茶を飲みたいのだという人には、勿論、患者さんの意思を尊重して、自由に飲みたいものを飲んでもらう。

食べなれた家庭の味なら食べれる人もいるから、キッチンも完備しているので、家族の持って来たスープを温めてすすめることもできる。
患者さんが飲めるならば栄養のバランスのいいサプリメントをすすめる。家のユニットでは夕食前にはドリンクを乗せたワゴンが回ってきて、ワインやビールなどのアルコール飲料も欲しい人には提供する。

食べたくないという人に無理矢理すすめる事はしない。
水分はこまめに一口ずつでも飲めるならばすすめる。

殆ど食べられなくなって、水分もあまり取れなくなるという事は死が近づいているという一つの指標になる。
IVHとか経管栄養を開始するという事は全くない。

どのステージでも口腔内のケアは必須である。
やわらかい歯ブラシで、或いは綿棒で定期的に口腔内をきれいにする。
義歯があれば必ず取り出してきれいにする。
さまざまな口腔ケア用の薬品があるが、口内炎がなければ、薬品を使う必要はなく、水でも充分、とにかく頻繁に口腔のケアをするということが大事との
研究結果が報告されている。
口腔内、口唇をいつも潤った状態に保つ事で口渇もおさえられる。


輸液をする事が患者さんの安楽につながる可能性があるならば稀にすることもある。
家族の懇願で試験的に輸液を試みる事もある。

生理食塩水を500ml、或いは1000ml、ルートは皮下中で夜間にゆっくりとか、一日かけて投与する。
日本では経験がなかったので、皮下輸液では点滴が漏れるようなもので痛いのではないだろうかと感じたが、痛みを訴えた人はいない。
翼状針を腹部に固定して行う。
静脈のルートと違って、患者さんの動きを制限する必要ない。


(緩和ケアではイギリス、カナダ、アメリカ等、どこでも殆どの注射による薬剤の投与は皮下注射で行っているが、効果には差がないことが確認されている。)


患者さんの呼吸音が少しでもぜいぜいし始めたら、家族にこのまま続ければ反って呼吸を苦しくする事になるからと説明して、ナースの判断で中止する。
家族も目の前で証拠を見ると納得する事が多い。

緩和ケアユニットに入院している患者さんの家族は、患者さんの死が間近に迫っているということは理解しているが、死に至る過程で、食事も水分もだんだんと取れなくなる、それが自然の過程であるということをすんなりと受け止められる人はあまりいない。

家族の気持ちを考慮しながら辛抱強く教育していくことは、時間もかかるし、動揺した家族にナースが怠慢で患者さんに食事を食べさせないように言われたりする事もざらで、精神的エネルギーも必要になってくる。

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天国へのビザ

春野ことりさんという現役の女性医師が自費出版で天国へのビザという本を出されている。
日本における終末期医療のあり方についてフィクションの形で問題提起をした本らしい。
読んでみたいと思って注文した。

天国へのビザのBlogを読んで、日本でもこちらでやってるようなことができたらいいのになと思った事がいくつかある。


春野さんに寄せられたある方からの手紙で、末期がんのおばあ様に放射線療法をすすめられたが、余計に苦しませるだけと断ったら、治療をしないのなら退院してくださいといわれたとのこと


オーストラリアでも、かつてはそうだった。
DRG,日本で言うマルメ、或いは定額医療制度でがんじがらめに縛られているオーストラリアのヘルスケアシステムの下では、治療をしない人を入院させておくゆとりはない。


緩和ケアサービスは入院、在宅ともにあっても、急性期ケアとのリンクがスムーズではなく、急性期のケアにあたる医療者、患者さんとその家族も緩和ケアについての知識が不十分という状態が存在した。


そうした問題の解決のために私の住むビクトリア州ではケアの三角形というモデルを作り、推し進めてきた。
急性期病院に緩和ケアコンサルタントチームを作る。
急性期病院と在宅緩和ケアサービス、入院緩和ケアサービスの連携を強化する。


先の話のおばあ様のようなケースがあれば、即緩和ケアコンサルタントチームが出向き、急性期の治療チーム、緩和ケアコンサルタントチーム、患者さんとその家族でファミリーミーティングが開かれる。
患者さんも家族も治療チームも緩和ケアが適切という方針に賛成であれば、それからのケアのオプション、症状コントロールのために一時緩和ケアユニットに入院するとか、安定すれば在宅緩和ケアサービスのサポートを受けて自宅で過ごせるという情報が提供される。


日本の現在の医療のシステムではこれはできないだろうが、こうした患者さん、家族に渡す緩和ケアのパンフレットとかないのだろうか?
地域の緩和ケア情報とか、地元の緩和ケア組織に作ってもらうこととかできないのだろうか?


厚生労働省は在宅死の割合を4割にするとか数字だけあげて、そのための対策は何もしていないように思われるが...


それからファミリーミーティング、ぜひ日本でも取り入れたらいいのではないかと思う。
家族といっても一人一人意見も違う。
本人不在だと、本人の意思に反した話ばかりになってしまう可能性も高い。
本人を交えて、或いは、本人の意思確認後、本人が参加を望まなければ本人不在でミーティングを行ってもよい。
こちらではミーティングは通常ソーシャルワーカーが進行役となり、きっちり記録も取って、カルテにも残し、家族にコピーも渡す。


(病院の記録は法的証拠となる文書、何かあったとき、あなたを守るのは記録と、こちらではしっかり教えられた。)

私の勤務する緩和ケアユニットでも、入院した患者さんには全員必ずファミリーミーティングを設定する。
患者さん本人の意思が最優先のこの国でも、患者さんの意思決定能力は病状の悪化とともに衰えてくる。
終末期のケアは家族のケアとも言える。
本人も家族も納得できるケアのゴールの設定、このためにファミリーミーティングの果たす役割は大きい。

でも殺人的スケジュールの日本の医師、ソーシャルワーカーなんて大病院に一人しかいない、なんて日本の状況ではないものねだりでしょうか?

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ボランティア

緩和ケアでは、在宅でも、入院サービスでも、ボランティアが大きな力になっている。

私の勤務する緩和ケアユニットには、現在約20人のボランティアがいる。
ボランティアの方たちは、毎週、最低一回、2-3時間を無償で提供してくれる。


患者さんや家族の話し相手になったり、新聞や本を読んであげたり、ベッドサイドのお花の手入れをしてくれたり、女性の患者さんにはマニキュアを塗ったり、髪のセットをしてあげたり、飲み物を作ってあげたりボランティアの中にはマッサージの資格を持った人もおり、手や足の簡単なマッサージもしてくれる。


医療者に囲まれた患者さん、家族の方にとって、ボランティアは世間の風を持ち込んでくれる新鮮な存在だ。

ボランティアになるためには、どうして緩和ケアの分野でボランティアをしたいのかの理由を書いた応募書類に、二人の人の推薦文を添えてボランティアコーディネイターに送る。
最近では、ボランティア応募者が過去に犯罪を犯していないという警察からの証明書の同封を求めるところもある。


原則として、自分の家族や友人等の身近な人の死別体験をして一年間以上経っていない人は、まずは、自分自身の悲嘆に対するケアをしっかりして、時間が経ってからいらしてくださいという事でお断りしている。


ボランティアのトレーニングは、毎週一回、3時間位、これを7-10週間行う。
プログラムの内容は

ー緩和ケアとは何か?
ーボランティアの役割
ーボランティアの権利と責任
ー悲嘆と喪失について
ーコミュニケイションについて


ボランティアの中には、医師やナースもいる。
しかし、ボランティアとして働くときには、医師やナースの役割に関わってはならない。
在宅でボランティアを家政婦さんと勘違いして、家事一切を頼んでしまおうという人もいる。
これは、ボランティアの仕事ではないので、ボランティアははっきりと断る権利がある。


ボランティアの方は圧倒的に女性が多い。
他の分野では男性のボランティアも多いのに、緩和ケアに限ってはなかなか男性のボランティア希望者がいないのは残念な事だ。
緩和ケアということで連想される死、悲しみ、涙、そういったものが、感情をストレートに表現することが苦手で、恥や弱さの象徴のように感じる事の多いオーストラリアの男性を何となくしり込みさせるのだろうか?


ボランティアの年齢層は50代以上が多い。
子育ても終わり、落ち着いて時間がある、仕事も完全に引退はしていないけれどもパートタイムで時間がある、そういう人が多い。
稀に若い人がいると、とても新鮮だ。


オーストラリア人は日本人に比べてボランティアをする事はとても多い。
何もない開拓時代、頼りになるのは隣近所の助け、そんな中で培われてきたmateship,そんな伝統が基盤にあるのだとも言われている。
でも、私は、日本人だって残業もなく、パートタイムでも生活ができるゆとりがあったら、ボランティアをする人はもっと増えるのではないかと思うけれども...


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臨床パストラルケアワーカー

緩和ケアは他職種のチームによって提供される。


そのチームの一員、臨床パストラルケアワーカーは日本ではあまりなじみのない職種である。
Clinical Pastoral Care Worker
スピリチュアルケアの専門家である。


スピリチュアルケアって何だろう?
とても私にはうまく説明などできないので、ある臨床パストラルケアワーカーのMさんから聞いた、その人が、どのようなトレーニングを受けたか、実際にどんな仕事をしているのかを書いてみようと思う。


臨床パストラルケアワーカーのトレーニングは多くは病院で行われている。
大学でコースを設けているところもある。
病院でのコースを受けるには、通常,どうしてこの職種を選んだのかという動機と自分自身について詳しく書いた応募の文に、二人の人からの推薦文を添えて申し込む。
書類審査をパスするとインタビューを受ける。
インタビューに当たる人は、実際に現場で働き、かつ指導者でもある人たち
インタビューでは、その人の人生でどのような事があったのか、悲嘆や喪失などの体験をどのようにして乗り越えてきたのか、等々、詳しく聞かれるそうだ。
インタビューにパスすればトレーニングが始まる。
トレーニングは通常少人数のグループで行われる。


Mさんはあるがんセンターでトレーニングを受けたが、彼女は、乳がん病棟の担当になって、毎日、患者さんや家族の方のお話を聞く毎日だった。
そして、毎日、仕事の終わり前に、他の研修生とスーパーバイザーとで集まって、研修生の一人が、その日、或いはその週に交わした患者さん、或いは家族の方との会話記録のひとつを提出する。
グループ全員で、その会話を細かく調べていく。
Mさんがここでこう言ったのは、あなたの感情を投影してこんな言葉になったのではないですか?
あなたは、患者さんのこの言葉を聴いてどう感じたんですか?
患者さんは何が言いたかったのだと思いますか?
この言葉はあなたの価値観を押し付ける事になっていませんか?
等々
このようなセッションを連日、一年間続けるのはとても大変だったと...
でもこのトレーニングを通じて、人の話を本当に聴くということはどういうことかを学んだと語っていた。


この一年間のトレーニングを無事終了すると臨床パストラルケアワーカーとして働ける。
経験をつんだ後、さらに上級のコースに進む事もできる。
臨床パストラルケアワーカーの働く場所は緩和ケア病棟とは決まっていない。
学校、コミュニティー、病院等さまざまな場所で働ける。


緩和ケアチームは、在宅でも入院でも必ず臨床パストラルケアワーカーがいる。
緩和ケアユニットでは、新しく患者さんが入院してくると必ず挨拶に行く。
自己紹介をして、自分の職種について紹介する。
患者さんの中には、宗教の話でもされるのかと警戒する人もいる。
臨床パストラルケアワーカーは、宗教的ケアを行う人ではない。
特定の宗教のケアを受けたい人はその人の属する宗教の方に来てもらう事ができる。
臨床パストラルケアワーカーは、自分からこれについて話しましょうとかいった話題の提供の仕方はしない。
あくまでも、患者さんが話したいと思った事を話してもらう。
患者さんの中には、会ってすぐ、今まで誰かに聴いてもらいたいと思っていた胸のうちを一気に話す人もいる。
何度話しても、表面的なことから一歩踏み込む事をしない人もいる。
ぽつぽつと話してくる人もいる。
あくまでもその人のペースに添って...


患者さんの思いは様々
どうして私がこんな病気になって死ななくちゃいけないの?小さな子供を残して死ぬ事なんかできない!
自分は今まで仕事一筋に生きてきたけど、自分にとって人生って一体なんだったんだろう?何か大事なものをどこかで見失ってきたような気がする。虚しく悲しい。
いっぱい後悔があるけれども、自分のしてきたこと、今更やり直す事はできない。
自分がこんな病気になったのは罰だと思う。
死んだら自分はどうなるんだろう?
自分が病気になったために家族に負担をかけて申し訳ない。
もう死ぬ覚悟はできている。早く死なせてほしい。どうして早く死ねないの?その日が来るのを待つのが辛い。


答えのある問いなどない。
臨床パストラルケアワーカーは答えを与える人ではない。
じっくり話を聴くことで、その人が少しでも、自分の中に何らかの答え、意味を見つけられるよう寄り添いサポートしていく。
問いかける人も、誰かが簡単に答えをくれる問いだなどとは思っていない。
だけど問わずにはいられないから問いかける
誰かがそんな思いを真剣に聞いてくれたなら、それで癒される想いもある。
自分の中に何らかの意味を見つけていく力になるかもしれない。


ある臨床パストラルケアワーカーJさんは、心の平安を得るための三つのステップがあるのではと話してくれた。
他者との和解
自分自身との和解
神、神という言葉に抵抗があるならば人間存在を超えたものとの和解


又、ある別の臨床パストラルケアワーカーの人は
過去に起きた事、、或いは過ちを変えることはできない。
だけれども、今、あなたが、その事をどう思うかは変えることができると


スピリチュアルケアは臨床パストラルケアワーカーでなければできないというものではない。
人のケアという仕事に携わる者、特にナースは、スピリチュアルなケアという事をいつも心にかける必要があると思う。


臨床パストラルケアワーカーの人がナースに対して与えてくれたアドバイス
うまく答えられないからとか心配しないで、心から話を聴くこと、うまい答え方なんてないんだから
言葉だけを聞かないで、言葉の裏にある思いを聴くことを心がけて
表情とかボディランゲージとかもよく見て
沈黙を恐れないで


このような職種が存在するという事はチームにとって大きな力になる。
特にナースの場合、話を聴いていても、自分の受け持ちの他の患者さんが呼んでいれば行かなくてはならない。
充分に話ができなかったとき、この人は何か話したそうだなと感じたとき、この人は臨床パストラルケアワーカーがしっかり介入した方がいいなと感じたとき、すぐにフォローが頼める。


最後にあなたはあなた自身のスピリチュアルケアしていますか?

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在宅緩和ケアサービス

在宅緩和ケアサービスはオーストラリアの緩和ケアの要


ビクトリア州は日本の本州ぐらいの広さがある州、
それを大きく9つの地域に分けて、それぞれで緩和ケアのネットワーク、ケアの三角形を作っている。


詳しくは前の記事、オーストラリアの緩和ケアの概要をご覧ください。


在宅緩和ケアサービスは、一日24時間、1年365日対応できるシステムを作っている。
夜間はオンコールのナースが対応する。
主治医は患者のかかりつけの一般開業医(GP)であるが、必要であれば、在宅緩和ケアサービスの緩和ケア専門医がコンサルテーションや必要なら訪問もする。


在宅緩和ケアサービスの患者の自己負担は無い。
薬代は自己負担となる。
緩和ケアで入院していた患者さんが退院するときには、1週間分の必要な経口薬、注射薬が病院からでる(これは有料)
その後は、自分のGPに処方箋を書いてもらって、薬局で購入することになる。


但し、 Pharmaceutical Benefits Scheme(PBS)という制度があり、PBSリストに載っている薬ならば、1処方に対し、最高自己負担は30ドル70セント、薬代が全部で1059ドルを超えると、以後の自己負担は最高4ドル90セントとなる。
一定の収入に満たない人は、Health care cardが発行され、公的サービスが割引になる。Health care cardを持っていると、薬代の最高自己負担額は4ドル90セント、トータルで274ドル40セントを超えるとその1年間は無料になる。


在宅緩和ケアサービスのチームは、サービス機関により多少の違いはあるが、緩和ケア専門医、ナース、ソーシャルワーカー、臨床パストラルケアワーカー、ボランティア
サービス機関によっては、さらに、作業療法士、理学療法士、音楽療法士、マッサージセラピスト、心理療法士等がいるところもある。


ナースの訪問の回数は、患者さんのニーズに応じて決められる。
毎日訪問するケース、何週間かに一回電話でチェックするだけでいいケースもある。


訪問看護の内容は、症状のコントロール、患者と家族の精神的サポート、教育、身の回りの世話等である。


緩和ケアサービス機関と地域の一般訪問看護サービス機関が提掲して、症状コントロールや精神的ケアは緩和ケアサービス、日常生活の援助や創部のケアは一般訪問看護サービスが担当という風にしているところもある。


他職種のチームメンバーは必要に応じて訪問をする。


死別後の家族の悲嘆のサポートのためのフォローアップも提供する。専門的カウンセリングが一定の機関必要ということになれば、専門の機関に紹介をする。


オーストラリアは緩和ケアに限らず、在宅ケアが発展している。
政府はそれをさらに、推進していこうという姿勢である。


緩和ケアに限っていえば、残された日を少しでも家で過ごしたい、できるなら家で死にたいと願う人が多いからということもあるが
もう一つの理由は、在宅のほうが、コストが押さえられるからということも大きい。


病院に入院するということは,高級ホテルに一泊するよりもお金がかかるといわれる。
公立病院の入院治療費を全額政府が出すオーストラリアのシステムの下では、いかにして入院を避けられるか、入院日数を短縮できるかということは、最大の課題といってもよい。


在宅緩和ケアサービスへの政府の資金はとても充分とはいえないが、どこに住んでいても、その地域をカバーする在宅緩和ケアサービス機関があるということは、たいしたものだと思う。

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入院緩和ケアサービス

入院緩和ケアサービスは、ホスピスや緩和ケアユニットで提供されている。

ビクトリア州は、必要な緩和ケアベッド数を、人口100万人に50床としているが、その数はほぼ足りている現状である。

日本の現状と比較してみよう。
日本におけるホスピス、緩和ケア病棟のベッド数は2004年4月1日現在で2435床
http://72.14.235.104/search?q=cache:2TIshUDCYrAJ:kohsei-hp.jp/pdf/tayori/hosupisu_hakuryuko.pdf

日本では、人口100万人に対して緩和ケアベッド19床、ビクトリア州並みにするには、全国で、後、6350床必要ということになる。

入院緩和ケアサービスは下記のサービスを提供している。

  1. 症状コントロール(在宅ではコントロール困難な痛みやそのほかの症状のコントロールのために一時入院)
  2. Respite care (在宅でケアに当たっている家族に休憩を与えるための一時入院)
  3. ターミナルケア(さまざまな理由で、在宅では死を迎えられない、あるいは迎えたくない人のための終末期のケア)

平均入院日数は約2週間
症状コントロールやRespite careで入院したけれども、症状が悪化してターミナルケアになるとかいうこともある。
或いは、症状は安定したけれども、ケアの依存度が高いため、家族がこれ以上在宅ではケアできないという場合もある。
その場合は、高齢者ケアアセスメントチームのアセスメントを受けて、24時間看護が必要でナーシングホーム(日本でいう特別養護老人ホーム)入所適用と査定されればそちらに転院することになる。
ターミナルケアでの入院は、入院したその日に亡くなる方もあるし、2週間を超えることもある。

緩和ケアで入院するということは、原則として、心停止が起きても、心肺蘇生は行わないということを、本人、家族が了承することが前提となっている。

疾病が何であるかは問わないが、末期がん患者の方が圧倒的に多い。
その他には、AIDS,心疾患、呼吸器疾患、腎疾患等の末期の方がいる。
私の勤務するユニットでは、メディカルセンターに脳血管障害で緊急入院したけれども、回復の見込みが無く、家族が緩和ケアを希望ということで入院になるケースもある。

ホスピス、緩和ケアユニットへの入院の依頼は、本人、家族がしてもよいが、主治医から、病歴と現在の病状に対する情報の提供が条件となっている。
多くの入院以来は、急性期病院の主治医から、或いは緩和ケアコンサルタントチームから、そして在宅緩和ケアサービスから来ている。
ナーシングホームからの入院依頼もある。

在宅からの緊急入院以来は最優先で受け入れている。
深夜でも必要であれば入院を受け入れる。
在宅でケアを提供する家族にとって、何かあればすぐに入院できるということは、安心して在宅でケアができるということにつながるものかと思われる。

最後に、オーストラリアのホスピス、緩和ケアユニットは殆どがPublic Hospitalとして認められている。
ということは、入院、治療一切無料である。
もちろん、個室料金とか言うものも無い。






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オーストラリアの緩和ケアの概要

オーストラリアの緩和ケアの歴史は古い。


緩和ケアの母とも言われるDame Cicely Mary SaundersがイギリスにSt Christopher's Hospiceを創立したのが1967年である。


オーストラリアではそれよりも前、1884年にSisters of Charity修道会の修道女たちが、シドニーにSacred Heart Hospiceを設立した。
そして、1938年には、メルボルンにCaritas Christi Hospiceを開いている。


初期のホスピスは、どこにも行き場の無い末期患者にケアを提供していた。
ホスピスとは死の家のイメージが強く存在し、今でもそのイメージは人々の心に色濃くあるように思われる。


1970年代になって、イギリスから近代ホスピス運動の影響が広まり、チームによる医療、在宅での緩和ケアが急速に発展してきた。


現在では、ホスピスの名称を残しているところはたくさんあるが、一般的に緩和ケア(Palliative Care)と呼ばれ、ヘルスケアサービスの一環として広く受け入れられるようになってきている。(未だに無知や偏見が存在することも現実だけど...)


オーストラリアの緩和ケアサービスシステムの特徴としては、普及した在宅緩和ケアサービス、それをバックアップするサービスとしての入院緩和ケアサービス、そして急性期ケアと緩和ケアをつなぐ急性期病院における緩和ケアコンサルタントチームの存在があげられる。


緩和ケアサービスシステムのモデルとしてケアの三角形が提唱された。
三角形とは在宅、入院緩和ケアサービス機関、急性期病院をつないだ三角形である。
各地域で、この三者のサービスの連携を強化し、緩和ケア患者がどこにいても継続した、切れ目の無い(Seamless)サービスを受けられることを目指している。


話が堅くなってしまった。
私の勤務するメルボルン南東地域の実際の例を挙げて説明してみよう。


例えば病院のがんの患者さんで緩和ケアサポートが必要な人がいるとする。
末期でなくても、症状のコントロールとか、精神的社会的サポートが必要とかでも対象になる。
そこで急性期病院の緩和ケアコンサルタントチームが介入し、サポートとこれからのケアのオプションについて情報を提供する。
患者さんは症状コントロールが必要であれば緩和ケアユニットに入院、症状が安定していれば、自宅に帰り、在宅緩和ケアサービスを受ける。
在宅で症状コントロールが困難になれば、緩和ケアユニットに入院、痛みのコントロールのために放射線療法が必要とかになれば、急性期病院に一時入院する。
又、在宅でケアに当たる家族が疲れてきた場合には、家族に休憩をとってもらうために、患者さんに1-2週間入院してもらうRespite Care Serviceもある。
末期になり、何らかの理由で在宅で死を迎えたくない、あるいはできないと言う場合も、ターミナルケアのため緩和ケアユニットに入院になる。


このように患者さんはその時々のニーズに応じて、三角形の間を移動することになる。


4名いる緩和ケアコンサルタントの医師は、急性期病院、コミュニティー、緩和ケアユニットを分担し、週に二回のミーティングで情報の交換をしているので、今在宅で、誰が問題があるとか、急性期病院で緩和ケアに移すべく話し合いをしている患者さんがいるとか、いわば、メルボルン南東地区の緩和ケアの患者さんについては把握しているということになる。


在宅での主治医は患者さんのかかりつけの一般開業医(GP)だが、必要であれば、緩和ケアコンサルタントの医師の電話でのコンサルト、あるいは訪問もできる。


各地でこうしたケアの三角形のモデルを推進していくことによって、従来よりもよりスムーズな、緩和ケアを必要とする人が、どこにいても適切なサービスを受けられる形が整っていっていると思う。

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